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[コメント] エル・マリアッチ(1992/米)

惚けたユーモアと、格好よさとの絶妙のバランス。予算の都合で派手に物が壊せない制約を感じさせるが、同時にその制約の中で精一杯のアイデアを詰め込んでいるのもよく見える。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







厳密な画面構成よりも動きと大胆さを優先したショット、ドラマチックに素早く切り替わるカット割り、そして巧みな音の処理。アズールが脱獄する冒頭シーンも、地味なシチュエーションながら、鉄格子をナットでカラカラと鳴らす音や、錠や扉の軋む音、電話のプッシュボタンを押す電子音や、受話器を置く音、初老の女性看守(という点がいかにも金で雇われた風)が電灯のスイッチを押して灯りが点き囚人が驚く様子など、金が掛かっていない分、見せ方、聞かせ方で退屈させないぜ、という工夫と意気込みが伝わってくるので、安っぽいフィルムの質感にさえ、何だか応援したくなってしまう。

実際、アズールがレストランでモコの部下を機関銃で射殺する場面など、予算があれば絶対に窓ガラスやテーブルや食器やボトルなど全て粉微塵に吹っ飛ばしたかったに違いないのに、撃たれた連中が血糊入りの火薬を胸元で炸裂させる程度で我慢しているのがありありと感じられる。そして、こんなに我慢しているのにそれでも約77万掛かってしまう映画製作費なるものの因果な宿命が胸に沁みる。

だが金の掛からない所でなるべく遊んでやろうという心意気も各所に顕れている。人物の動きを早回しで見せるというコメディの常套手段も、例えば宿屋の主人が電話をかけるタイミングなど、紋切り型のジョークにならないように出来る範囲で知恵を絞っているのが感じられて、実に健気。で、それが観ていて純粋に楽しいのが何だか嬉しい。

全篇に渡って、編集のリズム感を強調する効果音の入れ方に感心させられる。分かりやすい所で言えば、アズールがギターケースを開ける時の、次々と外されていく留め金を捉えたショットのカット割りと、留め金が外される音の連続によって高まる緊張感などだ。主人公がドミノの手にキスしようとして頬を叩かれる場面や、歌う主人公に見とれるドミノの眼前に突き出された客の指が鳴る場面など、ショットと音の連係プレイによる小気味良い刺激で観客を飽きさせないアイデアの連続。

音と言えば、射撃シーンでの、ドアの向こうから聞こえる発砲音や、ガラスが弾を受けて割れる映像は見せずとも音だけは入れて、ショットの素早さで巧みにごまかす(僕が気づいている時点で、充分に巧みでもないのだろうけど)手法など、火薬や血糊(ひいては洗濯代や衣装代も?)に掛かる予算を最小限に抑えているのが涙ぐましい。

一度は車の荷台に逃れて助かった主人公が、その後のシーンでまた襲われた際、再び荷台に逃れるがそこは敵の車の上だった、といった反復とズレを、短い尺の中に幾つか挿み込む脚本もなかなか巧みなもの。モコの部下が顔でマッチを擦られる場面も、そのアクション自体がまず面白いが、この部下がモコの死後、元ボスの顔でマッチを擦る仕種には、自分をこき使ったボスの仇を討つ気が全く無いことが、たった一つの仕種で了解できるようになっている。

また特に、序盤での、主人公が歩く路に亀が歩いている場面は、亀が彼の足許で体を甲羅に引っ込める様子のユーモラスさもさることながら、主人公がまだ平和な境遇にあることを表現している。だからこそ、ラストでの、傷つき旅立つ主人公の傍をまた亀が歩いているショットは、今度は、主人公がもはや亀のような(即ち、かつての自分のような)呑気な生き方は出来なくなったことの暗喩になり得ている。

白人で、白い服がトレードマークであるらしいモコと、黒い肌、黒い髭、黒い服、黒いギターケースのアズール。モコは愛人に髪を奇麗に梳いてもらうような伊達男で、殺しは部下任せ、自らは手を汚さない、冷たい男。一方、アズールは、ベッドに何人もの女を侍らせ、彼女らにも護身用の銃を持たせ、自らは、武器を仕込んだギターケースと黒い服がトレードマークの、殺しのプロ。モコの狂気じみた逆上した表情と、アズールの常に冷静な顔つきもまた好対照。

この対照的な悪人たちの間で右往左往させられる主人公は、白いシャツの上に黒いジャケットを着た、白と黒の中間的な存在。ギターケースと黒い服、という特徴のせいでアズールと間違われてモコの部下に追われ、白いシャツでうろついている時には刺客に気づかれない、という二重のキャラクター。二重性という意味では、単なる人違いで追われる歌手志望の青年でしかない筈の彼が、妙に運動神経の良いアクションを見せ、刺客を見事な手さばきで撃ち殺したり、最後にはアズールの後を継ぐような形で去っていく所など、キャラクターの二重性が面白い。

犬や、変な顔をした陶器の置き物などとの切り返しショットの可笑しさや、主人公が見る夢での、何も無い場所に立つ錆びた扉のシュールさ、少年が転がしたボールが生首に変わる瞬間の恐怖など、見所満載の内容。遠近感を強調した画面の中、画面奥へ集束する路の上にギターケースがぽつんと置いてあるショットなど、構図の面白さにも工夫がみられる。

また終始、音楽がミステリアスな緊張感を与えるのだが、それが時にシーンとのズレによって惚けたユーモアさえ漂わせる。主人公がレストランに入って、「雇ってくれないか?」と頼むと、店の主人が「フルバンドがいる」と断り、主人に合図された一人の男が電子ピアノで色々な音を出してみせる、早回しのアクション、これ自体が可笑しいのだが、もっと可笑しいのは、主人公が店に入って来た時から流れていたサスペンスフルな音楽が、ここでまた何事も無かったかのように再開されること。

この場面に限らず、シリアスな格好よさと、惚けたユーモアとが表裏一体になった場面が随所にある。その意味では、ラスト・シーンもまた、体に受けた傷、失った愛、特殊な武器、唯一の相棒(=犬)、という、「トラウマを背負うヒーロー」のお約束的な形式に律儀に収まる主人公にも、メタフィクション的な意味でのユーモアを認めることも出来るかも知れない。

チープなB級映画の枠を超えてはいないものの、随所に頭脳プレイが光る佳作であり、実際このレベルのものを作れと言われて作れる奴はそうはいない筈。才能は、金を積んでも手に入るものではない。これこそ、映像作家の真の資本。

(評価:★3)

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