[コメント] D.I.(2002/仏=モロッコ=独=パレスチナ)
私たちが異国の映像を見る機会というのはニュースと映画においてがほとんどである。その国の映画を見ることが出来れば、私たちは映画のその映像をその国の映像として抱くことが出来る。
アメリカにおいても、イギリスにおいても、映画的イメージの強さは莫大であろう。しかし、その国の映画を見ることが出来る機会が少なく、ニュースにおいてでしかその国の映像を見ることの出来ない国の場合ではどうであろうか。私たちがメディアから受け取るパレスチナの映像は、ニュースにおける映像ばかりである。であるから、すぐに思い浮かぶ「パレスチナの情景」を描きなさいという問題を出しても、その国で生活する人々や街のイメージを想像することは困難で、爆発テロ後の店の前や難民キャンプのイメージばかりが先行してしまうから、そのようなイメージを描く人が多いであろう。
しかし、『D.I.』はそのような「パレスチナの情景」のイメージを大きく変えた。まず、冒頭のたいへん独得な雰囲気を持った丘のシーンには大きく驚かされ、イメージを変えられた。砂漠のように荒涼としているようであるが、草が不定な間隔で生えており、またその草のお蔭で見事に道が出来ているようになっていて、頂にはキリスト教の教会のような建物がある。そこを胸にナイフが刺さったままのサンタ・クロースが子どもに石を投げられながら逃げていくのだが、その突拍子も無く今まで見たことの無い冒頭のシーンは衝撃的であった。この少年達がパレスチナに生きる子どもなのかと思った。
そして、ギリシャの古い街並みに似た山の斜面にずらりと立ち並ぶ家々の美しさに感嘆し、検問所の向こうにもその灯りが見えることに何か感動のようなものを覚えた。どのような風景が近くに拡がっていても遠景には斜面の家々が見える、という映像がたいへん多かった。パレスチナに行けば、至る場所でもこの人間の生命の力強さを感じることの出来る美しい風景が常に拡がっているのだろうか。それを見ることが出来るのだろうか。他の国の映画でこのような映像を見たことは無かった。とにかくこのフィルムは絶対的に美しかった。
遠くから撮り、その中心点で何かが起こっているという映像も頻繁に出てきたが、そのようなスレイマンの遠景の美意識はラグー・ライに通じるものがあるのではないかと考えた。ラグー・ライの作品には、手前に主題があり、その後ろに街の風景が延々と連なるというものが多い。スレイマンの撮り方もラグー・ライと似た遠景を際立たせる手法を多く採っているし、先ほども書いたような、遠くから物事を映すような演出もその内の一つであると考えることが出来る。クロース・アップというショットは、それから多くの情報を受け取ることは出来ないが、映像としての力強さ、インパクトは強い。逆に、遠景のショットは一見インパクトは弱いかもしれないが、多くの情報を受け取ることが出来る。ラグー・ライはインドの混沌を映し、スレイマンはパレスチナの現在の虚構を映す。遠景はそのようなアジアの情景を映すのに適しているのではないか。スレイマンは非常に巧みにこの二つの撮り方を使い分けている印象が強かった。
内容はコメディーであり、非常に笑えるという感想を多く聞いていたが、腹を抱えて笑えるものではなかった。フィルムは笑いを求めているようだったし、スレイマン自身も「パレスチナに興味がなくても、この映画を笑ってもらえるならそれでいい。」と言っているが、アラファト議長の風船にしろ、検問所の兵士たちにしろ、女忍者にしろ、そこまで面白いのであろうかという感想を持った。
戦争や内戦といった非常態下におけるコメディーということで、『ライフ・イズ・ビューティフル』とこのフィルムを比較できるかと考えていたが、決して比較すべきものではなかった。『ライフ・イズ・ビューティフル』がその非常態から時間の経ったのちにつくられた虚構であり寓話であるのに対し、『D.I.』はまさにリアルであった。『ライフ・イズ・ビューティフル』は周到につくられた世界で撮られたものであったが、『D.I.』は全てロケーションで撮影され、内容は虚構に間違いは無いのだが、リアリティに溢れており、このフィルムによってイスラエルを攻撃しているのではないかという印象さえ受ける。映画はどのような作品でもリアルを写すものである。その現場のリアルや俳優のリアルな息遣いはどんな作品でも隠しようが無い。『D.I.』は何処を見てもリアルで、フィルムは美しく、また、あまり笑えないというところもリアルで、本当のパレスチナの映像を見るものとして、また、現代のリアルな映画として、優れた作品であることに間違いは無い。
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