[コメント] エノケンの頑張り戦術(1939/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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喧嘩ばかりしている榎本健一と如月寛多。生まれついての喧嘩腰は、防弾チョッキという軍需産業で机並べるライバル関係、課長のゴキゲン取りという資本主義の仕組みに組み込まれる。転機はこれと対照されるように、泥棒捕獲の報酬という別の金銭関係を契機に訪れている。タダで貰った金なのだから困った時のお互い様という妻の宏川光子の理性により、エノケンは如月に、彼の息子の旅先の病気の療養費を渡す。直接は渡せず、窓から笹の葉に挟んで差し出す(なぜ笹だったのだろう)。契約ではなく贈与。
そして帰りの列車のなか、ふたりは向かいあって大いに照れ合う。エノケンは良いことをした。如月は善意を突き返さず受け取り、息子を治したのだから、彼も良いことをした。ふたりは善人になった。この関係にふたりは耐えられないのだ。エノケンは如月に火をつけてもらった煙草を喰ってしまう。そして、俺の方が強欲だったのだという謙遜合戦が喧嘩になり、元の木阿弥になり、ふたりは窓から転落して線路上に置いてきぼりにされる。真理と云う汽車に取り残され(妻同士と息子同士は列車のなかですっかり仲良しだ)、汽車はトンネルに消える。二人を置き去りにする線路の緩いカーブが決まっている。
銃後の資本主義社会を生き抜くために、男たるもの慰安は許されないのだろうか、という大きな疑問符が叩きつけられている。この男ふたりは、いい奴だと認め合うような関係には耐えられず、喧嘩して競争しているほうが楽なタチなのだ。こういうタチは、資本主義の競争社会の会社員の類型のひとつなのだろう。
鑑賞フィルムは63分で公式の74分から10分も短い。本作はDVDが発売されているから、そちらを再見すれば確認できるのだろう。映画は正しくはDVDで観るという時代になったのか。主人公ふたりの按摩プロレス(指圧療法と偽る)は、エスカレートして観客の期待よりも長尺の格闘が続くのが素晴らしいのだが、エノケンが妻に按摩しているシーンにジャンプし、その間に何があったのか不明だった。この按摩の件は、序盤に妻にサービスしている件の前振りに始まり、旅先では課長の妾に気に入られ、課長も現れて本音を聞いて荒れる、というよくあるが芳しい展開、その他按摩が大人気で、疲れて戻ってきたエノケンが「按摩呼んでくれ」で〆るという素晴らしいシークエンスだった。
得意先の並ぶ前で如月がチョッキ着たエノケンに拳銃、マシンガン、大砲を向ける件は欠落。如月が旅先で課長から防弾チョッキ営業頼まれて小遣い儲けたよという科白が語られるが、この内容も全部欠落。何でエノケンが実演中の浮袋を奪うのかよく判らないし(追いかけられるのは当然だろう)、金井俊夫は子供誘拐犯人と紹介されているが子供の誘拐があったのかもよく判らない(寝込んでいる如月の息子が誘拐されていたのだろうか)。町長がこのどちらに懸賞金をかけたのか途中までよく判らない(誘拐にかけた模様)。この、エノケンが防弾チョッキと間違えて浮袋を纏って銃撃に相対する件は、最後に金井と抱き合って崖下の海へ落下して、海上でも続けて取っ組み合いをしている。これは吃驚した。『黄金狂時代』が想起された。どうやって撮ったのだろう。
ランチの洋食屋は皿にライスを載せてフォークナイフで食べるタイプ。海水浴場は女たちが♪流行の水着着て、とワンピースの水着で踊っている。男は全員トランクスですでにワンピース水着は駆逐されている。砂浜のビーチパラソルは現代のようなタイプに混じって、出窓を棒で立てかけるような四角いタイプのものが大量に並んでいた。日中戦争の軍需で景気は良かったのだった。海水浴場にはなぜか釣り堀が併設されており、ここで課長と妾と押しかけてきた妻のお笑いが展開される。最後は如月が本妻の前で妾を奥さんと呼び、本妻を「ホタテ貝に目鼻つけたような女」と云い放って釣り堀に突き落とされる。ここが客席に一番ウケていた。
俳優はエノケン一座、課長の愛人音羽久米子は脇役で戦後もよく登場する。エノケンの賢そうな息子役の小高たかしは小高まさるの弟で、兄弟とも子役で活躍したが、たかしは小6で結核で亡くなったとのこと(Wiki)。トマト・トメト論争はポテト・ポタトの発音でアステアとロジャースが喧嘩する『踊らん哉』(37)のネタのイタダキの由。
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