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[コメント] ダーティハリー(1971/米)

無人のスタジアムは、実はハリーと犯人の<観戦者>つまりハリーに守られた映画内市民と、映画を<観る>我々で埋め尽くされている。世界の中心を示唆するロングショット。「神が殺らなきゃ誰が殺る。お楽しみだな、視姦者共」ということだろう。冒頭、街の全てを見下ろすビルの屋上に銃を携えて佇む犯人と警官達。街<世界>はそうして出来ている、という詠嘆。『ダークナイト』に接続する物語。
DSCH

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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「喧嘩」は同じレベルの者同士でしか行われない」、という言葉は、「レベルの低い者同士の争い」を揶揄する意味で使用される。しかし、「対決」という言葉を使えば、また印象が変わるだろう。"conftontation"。対面するという語源が発展したこの言葉がハリーとスコルピオの関係性に当てはまる。二人は合わせ鏡の似た者同士だ。どの点においてか。

神を信じていない、そしてまた、自らが裁く者、殺す者、覗く者であり、つまり神の代理人か、さらに一歩進んで自らが神であるという自覚においてである。裁かれない犯人の残虐行為への怒りは「神の沈黙」への怒りであり、ハリーの信念は、神への不信に依拠している。犯人の、十字架に執着する残虐行為は「神の不在」を証明しようとしているかのように繰り返される(二人の銃撃戦は"JESUS SAVES"のネオンを破壊する。象徴的なシーンだ。)そして、一方的な破壊力を持つ巨大な銃へのこだわり。スコープ、望遠鏡という道具。「覗き、殺すこと」への背徳的快楽=穢れた者の自覚。

「対決」は互いが接近し、力を凌ぎあい、高めあい、一層似た者同士に接近する過程だ。「神が殺らなきゃ誰が殺る」。対決の果てに、スタジアムの中心でハリーは自分の役割を確信するようだ。穢れ(十字架)を背負ってスコルピオに銃口を向けること。「穢れた者」(「覗き、殺すこと」への背徳的快楽も併せ持ちながら)というあり方を受け入れ、神の力を執行する者=ダーティ・ハリー。

ハリーがスコルピオに向けて、弾が残っているか当ててみろ、と訊く際、俺にもわからない、と、そして"Do you feel lucky?"とも訊いている。この台詞は、「神が(いるとすれば)お前を選ぶと思うか?」と訊いているようにも聞こえる。

神がいないことを証明しようとしたスコルピオは「弾は残っていない=自らの銃でハリーを殺すことが出来る=神はいない」と判断して銃を手に反撃しようとするが、最後に1発残っていたハリーの銃弾に倒される。では、スコルピオが選ばれなかったということは、神はいるのだろうか。しかし、スコルピオではなくハリーが選ばれたことは、神への不信を糧に生き延び、殺してきたハリーの神の力を証明したに止まる。スクールバスの行く手に立ちふさがるハリーの周囲の、無数の十字架(電柱がそのように見える。)。ハリーの姿を認めたスコルピオは"Jesus…!"と小さく呟く。大変大きな宗教的な問題を孕んだ映画だ。

「刑事は死ぬまで刑事でいることしかできない」という序盤の台詞が示すように、世界がこのまま変わらずにある限り、彼は死ぬまで「刑事」であることしかできない。たとえバッジを捨てたとしても。第2、第3のスコルピオが、変わらず生まれ続ける世界に、穢れたままに立ち続ける、その絶望的な孤独感。ここで思い出されるのが、冒頭、アップで撮られる殉職警官たちのリストである。(第2作以降はまだ未見ですが、これがシリーズ化されたこと自体が、良く出来た皮肉なのかもしれません)

「この街の奴ら、全員逮捕したいぜ」というハリーの呟き。異常な正常さと呼ぶべき代物だが、それは不可能である。茫漠と広がるラストの荒れ地(この映画は、ロングショットが全て素晴らしい)が、変わらない世界と終わらない物語を示唆する(このテーマが、『ダークナイト』へと接続されていく)。罪と罰、善と悪をめぐる寓話として、古典的にすぐれた作品と思う。そして、意地悪なのは、冒頭で述べた誰もいないように見えるスタジアムのシークエンスだ。「守られた観戦者」として無人のスタジアムを埋め尽くす私達を、「視姦者」と罵倒しているのだ(押井守の『パトレイバー劇場版2』に連想が及ぶ)。「映画を観る」という行為への、メタな言及でもあるだろう。この点については、私の少ないライブラリに照らして言及する限りでは、『羊たちの沈黙』と双璧である。(『羊たちの沈黙』のほうが若干救いがあって好きです)

演出については総じて「ロケーション」と「視線」の映画だが、ホットドッグを一口咀嚼して飲み下すまでに全てを終わらせる、達観が周回したような容赦ないアクション演出が光っている。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)けにろん[*]

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