コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 突撃(1957/米)

キューブリックにしてみたら、本作はブラック・ジョークのつもりだったんじゃないですかね?なまじダグラスが熱演しすぎたためにそう見られないだけで。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 1930年代に描かれたハンコリー=コップの実話を元にした小説を映画化。この映画化はキューブリックの悲願だったが、内容があまりにも過激なため、どの製作会社も買ってくれず、自主製作もやむなし。と判断しかけていたそうだが(事実前年の『現金に体を張れ』(1956)はそうやって映画化した)、脚本を読んで感動したカーク=ダグラスが自ら主演を買って出、ユナイテッド・アーティスツに企画を持ち込んで完成の日の目を見せることが出来たという曰く付きの作品(とはいえ資金は100万ドル。そうは見えないけど、実はかなりの低予算映画なのだ)。無慈悲で残酷な戦争の側面を描いた妥協のない描写はヨーロッパの一部と米軍基地内での劇場での上映が禁止されたほどだという。

 キューブリックは数いくつかの反戦映画を作っている。例えば『博士の異常な愛情』(1964)や『フルメタル・ジャケット』(1987)があるものの、そのどちらもかなりの変化球で描写されており、その中で、多分唯一ストレートに戦争を描いたのは本作のみ。だけど、この作品も改めて考えると、本当にストレートなのだろうか?むしろ監督の皮肉に満ちた思いが垣間見えるような気がする。悪い言い方なのだが、それは“ユーモア”として感じ取れてしまう。

 現実とのギャップこそがユーモアというのならば、本作は本当にブラックジョーク。

 監督の戦争描写に共通するのは、“狂気”であろう。本作の場合、それは上司の無体な命令という形で表される。自分の保身のため部下を死地に向かわせ、しかもその責任を当の命がけで戦った兵士に負わせてしまう。設定だけで言えば、まるでコメディだ…いや、実際これがサラリーマンであれば本当のコメディになるし、邦画だったら、その手の作品に枚挙に暇がないほど。だけど、本作の舞台は会社ではなく戦場である。軍隊では「行け」と言われたら行かなければならないし、「死ね」と言われたら死なねばならない…何とも辛い立場である。

 しかし彼らは決して国の駒ではない。確かに崇高な使命がある訳でも無いし、やさぐれてしまう人間もいる。だけど、それぞれに人生を背負って生きているのだし、一人一人、死にたくない。という切実な思いもある。その命を理不尽な理由で奪ってしまうのが軍隊というものだ。その皮肉が思いっきり込められているお陰で本作も苦々しいユーモアのセンスも感じられてしまうのだ。

 …しかし、そうすると、本当に大まじめに演じているダグラスがとても浮いて見えてしまうのは致し方ない所か?(多分製作者だけにダグラスが我を張ったんじゃないかな?)

 それにしても本作の描写は際だってる。前半部分の塹壕戦の描写は容赦ない殺戮シーンだが、捕虜の女性にそれまで野卑な言葉を投げかけていた兵士が、その歌声に徐々に涙を見せる描写。兵士一人一人が“駒”から“人間”に戻るシーンの描写が凄い。そして再び“駒”に戻され、処刑場にひかれていく兵士達のうつろな表情…どれ一つ取っても、まさに才気煥発。驚くべき描写である。

 尚、最後のもの悲しい歌声を聞かせてくれた少女は後のキューブリック夫人のクリスティアーヌ。このシーンはキューブリック作品の中でも最も情緒的なシーンだった。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人)Orpheus sawa:38[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。