[コメント] 三十三間堂通し矢物語(1945/日)
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隣の座敷で灯りもつけずにひとり呑んでいる長谷川一夫登場の反復が格好よく、彼の登場で話が盛り上がる。市川扇升を指南する彼が仇側の記録保持者という設定が意外でいい。「死んでは詰まらん」とチャンバラを止めさせ、俺が守るのは家の名誉ではなく弓道だと、市川の記録更新を邪魔する弟の河野秋武を諫め、最後は敵に塩を送り、颯爽と去って行く。田中絹代だけが彼の善意に気づく。講談もののジャンル映画だが、長谷川の造形にナルセらしい屈託がある。
このフェアプレイ賞賛の物語に、ナルセや小国は何を込めていたのか。いま観る限りでは、鬼畜米英批判でもなく日本陸軍批判でもなく、戦争の前提を描いているように見える。同時代のミゾグチは『宮本武蔵』と『名刀美女丸』で、まるで禅のような、心頭滅却すれば火もまた涼しの映画を撮った訳だが、微妙に違う本作は両巨匠の資質の違いを浮かび上がらせている。
記録は更新され、もう下ろされるべき自分の絵馬を見上げてからヤルセナク去って行く長谷川一夫。世代交代と受け取るには彼はまだ若過ぎる。本作は明らかに、勝つことは何も偉いことじゃないんだと語っている。よくこんな映画を戦中に撮ったものだと感銘を受ける。不思議なことに本作のタイトルにいつもの「撃ちてし止まぬ 情報局映画」がないのは、まるでこの物語と呼応しているかのようだ。
しかしどうなんだろう、8千本の的命中と簡単に云うけど、10秒に1本命中させたとしても単純計算で22時間以上かかるんだが。諸般の事情なのか、長谷川対市川の勝負の件(市川が勝ち、自身を持つ)がえらくあっさりしているのは興を削いだ。田中春男と清川玉枝は盤石。旅籠屋の二階における長谷川一夫と花沢徳衛の対決が何かすごい。
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