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[コメント] 桃中軒雲右衛門(1936/日)

実在の浪曲師を主人公とする成瀬の芸道モノ。タイトルロールは月形龍之介
ゑぎ

 伝記としての事実(と思われる)設定や過去の状況などを、今回は回想処理を極力用いずに科白でチラチラと触れるだけで、しかもそれをあまり掘り下げたりしない、という方針で徹底しているように思う(勿論、それが方針なのか、思い通りにいかず、結果的にそうなってしまっているのかは完成品を見るだけの、私のような観客には判然としないけれど)。なので、いろいろと食い足りない細部があり、プロット上は中途半端に感じる人が多いだろうと思う。しかし、個々のシーンの画面造型と演出はやっぱり抜群に面白い。

 本作は関東に帰還する桃中軒一座の車中(汽車)のシーンから始まるが、ティルトアップで登場させた月形からトラックバックして、細川ちか子−お妻(雲右衛門の妻)が画面にフレームインする。次に細川から左にパンして月形、という見せ方も繰り出して(これは多分、東京から2人が出奔した際のフラッシュバックと思われる)、2人の表情ものっぴきならない雰囲気を醸し出しており、あゝこの映画は月形と細川の2人の映画なのだなと感得させる。男女関係ということでは、この2人に雲右衛門が囲った芸妓・千鳥−千葉早智子も絡むのだが、見終わった後、千葉は添え物のような役どころと感じられ、矢張り、細川の存在感の大きさを思い知ることになる。当時PCLの重役だった森岩雄は出来上がった本作を見て「雲右衛門の妻」だね、と云ったらしい(飯島正による上映会資料)。

 すなわち、良い演出も細川がらみのシーンばかりのように感じる。例えば前半の、月形が一人息子の泉太郎−伊東薫と再会してすぐにある、泉太郎を連れてきた後援者(?)倉田−三島雅夫と細川を加えた4人のシーン。細川が三味を弾き、月形が最初に浪曲を披露する場面だが、4人の周囲に置いたカメラで複雑に切り返し、ワザと会話軸(イマジナリーライン)をよく分からく繋いで、スリリングな場面にしていると思った。あるいは、全編で最も力のある画面造型は、後半の、舞台本番後の月形と細川2人の場面だろう。月形へドリーで寄って「二度、三味の調子を外した」と細川を詰る科白があり、強烈な月形と細川との切り返し(ショット/リバースショット)を繰り出す。このようなドリー寄りと切り返しを組み合わせる工夫は他にも見られ、多くは、月形が背を向けていたり斜(ハス)に構えていて、振返ったり視線をずらせたりする。さらに、軸線を無視したドンデン(180度のカメラ位置転換)も使うことで、実に強い画面を造型しているのだ。

#備忘でその他の配役などを記述します。

・元は雲右衛門の師匠だが「おじいさん」と呼ばれる藤原釜足。老け役も上手い。雲右衛門のマネージャーみたいな番頭は御橋公。一座には小杉義男市川朝太郎伊達信がいる。

・茶屋の廊下で雲右衛門に声をかける酔っ払ったファンの男は小沢栄。お座敷の幇間は澄川久か。終盤、病院のシーンで出て来る書生は柳谷寛だ。ノンクレジット。

(評価:★3)

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