[コメント] キートンの大列車追跡(1926/米)
シンプルかつふくよかな長編の‘語り’に成功してはいるがナンセンス度が薄いSO-SO作品
キートン自身が傑作と吹いていたキートン映画史におけるマイルストーン。GOOD作『セブンチャンス』以来のシンプルかつふくよかな物語で長編をものとした形ではあるが、前述の作品よりもナンセンス、荒業というキートン芸の信条ともいえるパフォーマンスが薄い点が少々残念な結果であった。しかし、これまでのキートン映画に類を見ないお金がかかった大作であり、キートンが本作を自画自賛して見せたのも自らの映画監督としての所業を自信として感得できたことへの自愛であったことは頷くに足り、その点については論を差し挟む余地はない。またもキートン史を振り返りながら、本作が一つの着地点であったことは次作への変貌を良い意味でも悪い意味でも予見させるのだが、次作『キートンの大学生』は、相も変わらずのキートン節であった。ここがキートン史のターニングポイントとして妙に気にかかり、それを同時代的に語るとすれば、野心家チャップリンとの差でもあるような気がした。2年後これまたキートン自身が「人生最大のミステーク」と振り返ることとなるMGM入りをなんとはなしに思い当たらせる不思議な地点である。
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