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[コメント] 月は上りぬ(1955/日)

意欲的な演出が幾つもある見応えのある映画。しかし作劇は階層差をネタにする良くも悪くも後期オヅで、観ていて愉快なものではない。ジェンダー・ギャップ特集で観たが、上映趣旨もそういうことなのだろう。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







笠智衆親子は謡や生け花や飼犬に忙しい奈良のハイソ。何をして暮らしているのか描写が欠落しているのが不思議で、それでこそ奈良のハイソなのかも知れないが、単なる手抜かりにも見える。冒頭の謡では姉妹が三人同じポーズ取るオヅ調が、終盤には三人がバラバラにあっているという展開。一方、安井昌二の下宿している寺の土地持ちで、借地料で食っている、ぐらいのことだろうか。オヅ映画はその点抜かりがなかったものだが。一方、安井は失業中だが翻訳のバイトをしており、漱石の高等遊民みたいなもの。最後は汐見洋の住職に勧められて仏教系大学の英語教師に収まっている。

安井の下宿に泊まりに来る友人の三島耕は大日本電気の技師で、マイクロウェーブの仕事をしに東京からやって来る。これで東京大阪間に電話が通った、テレビも映ると語る。三島は安井を比叡山の無線中継所に案内。山頂の建屋のうえにパラボラアンテナが据えられ、8か所で増幅してここまで届くのだと説明が入る。映画でテレビの宣伝しているのはこの時代らしい余裕に見える。北原に大阪の佐野周二宅から東京の次女杉葉子に電話させて、アラすぐ出るワと云わせている。電電公社がスポンサーなんだろうか。

物語は三人姉妹の結婚噺。三女北原三枝(日活移籍後の作品)のおきゃんな造形なのだが色々と興味深い。序盤、若草山へ安井・三島を迎えに行って自転車でおきゃんに転倒するのだが、男ふたりが何もフォローもないのは妙な編集で手抜かりだろう。窓辺でストッキング脱ぐショットは艶めかしく、もう娘ではないのだと観客に気付かせるのだが、すでに元からそんなに子供ではないからヘンに思える。男二人と同室で宿泊するのもヘンな気がする。配役ミスと思われる。

北原は次女杉葉子と三島が相思と当てをつけて、くっつけようと画策する。電話で呼び出そうとお手伝いの田中絹代小田切みきに伝言や電話をさせる。北原はもう、正に下女としてふたりを扱っている。絹代をお前と呼び、電話の文言を練習させて、二月堂を三月堂と読み違えるのを映画はギャグにしている。「今晩よく練習しておいて」とヒスなギャグを飛ばす。絹代の生真面目がいいコメディなのだが、それも含めて厭な気がする。階級差は後期オヅ作品には『彼岸花』の東野英治郎のように露骨に出るときがあるが、これも同様。同時代の映画で階級差を面白おかしく描いたのはオヅだけだろう。

面白い科白や演出もある。十五夜に逢わせようと焦っている北原が、月の出を見てもう少し待ってくれとごちるのが可笑しい。お互い騙されて集まった杉と三島が初々しく寄り添う件は初々しくてとてもいい。戻った杉が騙されたと怒っていると慌てる北原と小田切が、階段の横の障子に杉のシルエットが浮かんで一斉に身を屈めるショットも可笑しい。このシークエンス、最後にエンプティショットになって、障子に向かってキャメラが静かにズームを入れるのが心情を表して感じいい非オヅショットだった。あと、二月堂の件、絹代が呼び出した三島が来て、北原と安井がさっと門の両側に隠れる引きのショットがとても決まっている。

安井は丸顔に似合わずマッチョな造形で、これも配役ミスに思える。洗濯物を北原の頭に投げつけたり、煙草の煙を吹きつけたりする(北原も安井が枕にしている座布団を引き抜くから似た者同士ではある)。安井が就職を友人に譲って喧嘩して、突然ドラが鳴って破綻という暗転はやり過ぎ気味。そして東京に旅立つ安井に、佐野はじめ周囲がみんな、北原を同行させないのはなぜだと慌てるのは、それまで別に恋愛関係でなかったのだから、いかにもおかしい。そして迎えに来た安井が「真っ黒になって働くんだ。その代わりうんと可愛がってやる」と云って北原が頷くというマッチョなハッピーエンドは殆ど奇怪な展開に見える。ここ、庭に月明りが差し込むといういい演出があるのだが、それすら奇怪に見えるのだった。

3755と666の電報が万葉集の通し番号による相聞歌という小ネタはやはりハイソ系。笠が長女山根寿子に佐野周二への再婚を勧める終盤は大した前振りもなくものの次いでみたいで芳しくない。最後は次女も三女も東京へ行って、若いもんには奈良は退屈なんだろうと黄昏て終わる。奈良の名所連発で絵葉書寄りの印象。ハナマルキ味噌みたいな小僧さんが捨てカットで活躍するユーモアはやはりオヅ調で、もっと活躍してほしかった。

(評価:★3)

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