[コメント] ヘブン・アンド・アース(2003/中国)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
いや、そんなに大切な荷物なら最初からリー・リンチェイみたいな坊主に守らせればいいじゃないですか、と思うのですが・・・それからあの「ゴビ砂漠の地下には川が流れている」といいながら結局見つけられずに落ち込んで居ると、死ぬ間際に岩盤ぶち破って(嘘)水を噴出させたじーさんの魂は『北斗の拳』のアインの魂とそっくりである(多分違う)・・・・っと、まぁそれは置いて置いて。
予告じゃ壮大な物語って感じで宣伝してるくせに、内容はただの宗教映画だった、と言うオチに俺は呆然としながら劇場を出たのであります。
まず、物語が全く盛り上がらない。チアン・ウェン演じる、軍令に背いた隊長の描写はまだ許せるのだけど、その部下達をもっと掘り下げて欲しかった。っていうか、掘り下げないと部下達が死んでいく姿には何も感じないのは当たり前。中途半端にしか描いていないのに、殺されるシーンはあからさまなお涙頂戴演出で興醒め。大して人物を掘り下げもせずに必死に悲壮感を出そうとしている演出がまた情けなく、逆に盛り下がる。音楽もミスマッチの箇所が多く、適当に流しているだけ、と言う感じがするのが何か情け無い。
確かに、敵が挑発として渡してきた水を受け取ろうとして、敵に弓で撃たれ、それでも仲間の為に水を持ち帰ろうとして死んで行く部下の姿は中々良いシーンだったけど、他の部下達が全く描けてない感じ。中井貴一演じる遣唐使の「祖国に帰りたい」と言う思いもイマイチ・・・っていうか、別にこの部分は遣唐使じゃなくても良かった気もしないでもないのだが・・・
それに、主人公二人にスポットを当てておいて、最終的に二人を闘わせない(or長安に辿り付かせない)と言うのは如何な物か。途中に少しずつ友情が芽生えて行く描写もイマイチ掘り下げが甘くも思えたけど、それ以上に、そこで友情が生まれたから、と行っても、その先が無い。例えば『狼 男たちの挽歌 最終章』の様にド熱い友情を展開するとか、それか友人同士で戦わなければいけないクライマックスになってしまう、などといったドラマティックな悲劇性が必要なのでは?
最後の砦で、結局皆死んでしまい、隊長だけはかろうじて生き残って、無事に釈迦の骨を長安に届けて終わり・・・っておい!!んな無茶苦茶な・・・
チアン・ウェンも中井貴一もどう見ても両方殺されてたと思ったのに、どうしてあの砂漠をボロボロの体で水も無いのに乗り越えて長安まで辿り着けたのか・・・?強引過ぎませんか?これも仏教パワーか?いっそ、長安まで辿り着いて、泣きながら決闘をせざるを得ない主人公二人を描く方がマシな終わり方できたんじゃないの?
大体なぁ、この話の終わりは「釈迦の骨を届けてもらった唐の国は、その後全盛期を迎えた」で終わる訳だが、何だ、この宗教臭臭い胡散臭い終わり方は。って事はあれか?長安の王様は良い奴で、骨を奪って世界制服を企んでいた白装束の集団は悪者か?それって何か違わないか?劇中の台詞によれば「この骨があれば世界を統治できる」系の事を言っていたが、そういうモノは誰か個人の手に渡るのではなく、寺か何かで埃をかぶって何千年以上も祀られるべきモノじゃないのか?唐の王様なら世界を支配しても良いってか?アホか。
いや、仏教がどうのこうのと言いたい訳じゃない。映画を通じて布教活動をするのも勝手である。でも、この映画で描かれている仏教は明らかにご都合主義の宗教で、今、世間一般で社会の敵、と見なされている宗教と何ら変わりないのでは?と思わざるを得ない。
それに、これは一大スペクタクル大活劇なのである!(多分)砦に立て篭もり、迫り来る敵に絶望的な戦いを挑む。砦の周囲の堀に火を放った時の炎がやけに合成臭かったにしても、火に囲まれた砦の空撮カットは中々圧巻(その後の先頭は退屈)な感じで、全編に渡ってシルクロードを舞台にした濃厚なアクションが展開される映画である。にも関わらず嘘っぽい安っぽい合成で仏教の奇跡を表現する。
大体、最初に、洞窟内で骨がお披露目された時に使われた、あの安っぽいCGには失笑である。蓋(←しかもこれ、プラスチックだっただろ?アレは絶対プラスチックだろ!?)を外し、中身(釈迦の骨)が空気に触れた瞬間、突然そのカルシウムは化学反応を起こし、眩しい光を放ちながら、その上空には渦が出来る・・・って、なんか映画のメインプロット以上にドラマティックな演出ですね。
それまでは、悪くない戦闘シーンが続いて(特に、序盤の中井貴一とチアン・ウェンの対決は中々良かったと思う)、これから先にはまだ期待できるかな、とか思ってたら、突然陰気臭い音楽をバックに、情け無い合成映像を駆使しての宗教の奇跡を見せ付ける。ななななななななんだ!あの安い映像は!と、俺はその光景を目の当たりにし、椅子からずれ落ちながら、しばし唖然とした。そして、その描写を真面目にやってる姿に感動しながら、一人劇場で笑いを堪えるのに必死だった。
期待していた戦闘シーンは、それなりに迫力こそあるが、同じ様な戦闘ばかりで変化に乏しく、途中で飽きてくる。剣が交わる音を何度も何度も同じ様な映像を見ながら聞いて居ると、少しずつイライラしてくる。そこにきてスルーモーション+悲壮感漂う音楽を流す、と言うありきたりな演出(しかもそれまでに人物を掘り下げて描いていないので薄っぺらい)をし始めるので、再びイライラ。
「逃げる為」とは言え、砦で戦う必然性がイマイチ感じられない。
恐らく、最初の脚本は分厚いモノだったのだと思う。しかし、脇役の剣士達を必死に掘り下げ、さらに仏教パワーを見せ付ける為、やたら長くなってしまい、前半をばっさり切り取ったら、この今の形(=2時間未満)に落ち着いたのだと思う。だけど、前半の、目まぐるしくシーンが次々と切り替わる様子はただ単に観客に話を掴みにくくさせているだけであり、変に時間軸をずらさずに普通に語ってしまえばよかったのに。
それからヴィッキー・チャオのナレーションも必要無い。中井貴一にしてもそうだけど、彼女もまた、出演する必要性を今一つ感じられず、多少疑問に思うが、映画がつまらないのでこのくらいの華は必要であると思う(←単にかわいいから許すってだけ)
壮大なスペクタクル活劇を期待して見に行ったら、思ったほどスケールの大きくないやや退屈な戦闘シーンと、思い返すとその無理矢理ぶりに笑いが込み上げてくるトンデモな幕切れに、「あぁ、久しぶりにアホな映画みたなぁ」と別の充実感を得たのであります。
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