[コメント] みかへりの塔(1941/日)
また、道を歩く人の見た目の構図に模したかたちで、仕事をする子供達を横移動で映すのだが、こゝも活力に溢れていて、なんか、清水宏が喜々として演出している姿が伝わってくるような幸福な冒頭だ。カメラは最後まで、殆どこの施設内を出ず、出ても、隣接する草原や山の道など施設近辺なのだが、敷地が広く、つづら折りの見事な(まるで『友だちのうちはどこ?』のような)道もあれば、池の中央の道や、住居の前の道、校舎の裏の道等多くのバリエーションが楽しめる。また、敷地のすぐ横を鉄道が走っており、汽車が走る。全編でそんなに多くはないのだが、こゝぞというときに4、5回は通る。これも念入りに汽車待ちをして撮影したのだろう、撮影現場の苦心がうかがわれる。後半は、山の上の池から、用水路を引く工事に焦点があたる展開で、労働と建設という映画的な画面が横溢するのだが、用水路自体も水が通るまでは一種の道ととらえることもできるだろう。水が通ったシーンの歓喜の表現は本当に感動的だ。
#配役を中心に備忘を記す。
舞台となった施設は、大阪柏原(高井田)の修徳学院。後の『蜂の巣の子供たち』のラストでも出てくる。
院長は奈良真養。坂本武が娘の多美子を預けに来るのがお話の始まり。多美子の「家庭」は三宅邦子がお母さん。三宅は本作のヒロインと云っていい。笠智衆と大塚君代夫婦のところにいる善雄−横山準(爆弾小僧)だけ、演技の質が違う。ちなみに、allcinemaでは、笠智衆の奥さんは森川まさみとなっているが、森川まさみは出ていない。
最初に訪ねてくる母親は若水絹子。子供達が伝言・伝令で情報を伝える。吉川満子も何度も訪ねてくるが、子供は継子で馴れていず、逃げる。その他、学院の先生達には、近衛敏明、西村青児、河原侃二、岡村文子など。
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