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[コメント] 永遠の語らい(2003/ポルトガル=仏=伊)

9・11に触発されたオリヴェイラ。彼がその一大事件を題材に描くのは、長い長い西洋の歴史を包括した旅。この映画には、約1世紀を生き抜いた老人が変化を見つめた上での西洋文明に対する思いが感じられる。
Keita

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 マノエル・ド・オリヴェイラの近年の作品を観る度、何かしらの驚きを感じる。2004年末に96歳になった長老監督の彼の、衰えることのない創作意欲に感心する。守りに入っても不思議ではない年齢だが、常に新しいことに挑戦し続けていると思う。この『永遠の語らい』も911同時多発テロに触発され、それに対するオリヴェイラの考えを、西洋文明の歴史を辿る旅を通して伝え、価値ある試みとして評価できる仕上がりになった。

 歴史学の教授とその娘が西洋文明において重要な史跡を順々に辿っていく話だが、その風景は当然のごとく魅力的だ。風景をメインにじっくり鑑賞できる長回しを主体にした撮影により、美しさが加わる。しかし、決して観光映画ではない。その風景を前にして語られる議論は、歴史についての真面目な会話だ。娘の視点で誰もが思うであろう疑問を提示していく。仮に観光映画だとしたら、ここまで歴史について言及することはなかっただろう。世界各地の観光客の多くは、記念写真を撮ることにばかり縛られ、史跡の背景などあまり考えたりはしない。大航海時代、ナポレオン、ギリシャ文明、トルコでのイスラム教、エジプト文明とスエズ運河など、歴史上重要な事柄それぞれが、現在の国際事情にも関連してくるゆえに興味深い。

 それらの歴史的背景を辿った上で、現代の縮図を表す形になるのが、船上での議論。アメリカ、フランス、イタリア、ギリシャ、それぞれの国の出身者がそれぞれの母国語で話し、それによってコミュニケーションが図られる。劇中でも語られるように、きわめて不思議な交流手段だが、と同時に異文化交流の視点で面白みを感じさせる。EUが徐々に浸透してきている西洋における今を、このテーブルが象徴している。戦争の歴史を歩んできた西洋が、違う出身国の人々が、気を遣うことなく自然に交流できる時代が近づいているのが現代の西洋だ、と言っているようにも思えた。

 ただ、これは西洋においてのみ当てはまる考え方で、第三世界を含めた地球上全てに当てはまるわけではない。西洋至上主義ではあるが、ポルトガル人のオリヴェイラから見た西洋的なひとつの視点として面白い問題提起がされていると思う。当然、発展途上国出身の監督が作れば、違った視点が生れてくるだろう。

 ラストシーンではテロによって船は沈み、その衝撃のまま映画は幕引きをする。このテロは911同時多発テロを比喩したものであり、このラストは、直前まで船上のテーブルで描かれた西洋の姿に衝撃を与える。このストップモーションにより締めくくりにより、西洋における大きな変化をテロがもたらしたということを、より強く示している。

 オリヴェイラが生きる残り年数はそんな長くはないだろう。テロ以降、西洋がそのように進んでいくかを自ら眺める時間には限界がある。この映画を観ていると、これからも西洋がより発展して行けます様に、というオリヴェイラの願いがどこかに感じられる。

(評価:★4)

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