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[コメント] 腰弁頑張れ(1931/日)

現存する最初期の成瀬は、薄給の保険外交員−山口勇を主人公にして、家族との関係及び仕事の様子を描いた短編無声映画だ。しかし、私はこれを見て、しばし呆然とした。うろたえてしまった。
ゑぎ

 それは、簡単に云えば、こんな題材なのにとても技巧的な映画になっているということに起因するのだが、しかし、そのスペクタクルへの過剰な傾斜は、トーキー以降の成瀬とかなり異なるように感じたからだ。

 もうファーストカットから驚かされる。赤ん坊をおぶった山口が庭にしゃがんで靴を磨いているのだが(背景には物干し竿にかかった洗濯物も映っている)、これをズームアウトみたいな早いトラックバックで見せる動的なショットだ。続いて、山口の妻−浪花友子が部屋で料理をする(七輪の上に鍋がある)、これもトラックバックショット。再度、庭の山口に戻って、彼の背景に一両編成の列車を走らせる。なんか現在の映画でも通用するようなカッコいいオープニングじゃないか。この時点で(一両編成の列車を見た時点で)既に小津の『生れてはみたけれど』を思い起こすが、調べると、製作年は本作の方が1年早いのだ。

 こゝから始まるプロットの基本設定に関しても『生れてはみたけれど』と重なる要素がいくつかある(個々に書くのは省略するが)。しかし、本作の大きな相違点は奇抜なカッティング、イメージショットやフラッシュバックの挿入だろう。最初に目を瞠るのが、小学生ぐらいの息子が父の山口に「飛行機を買って」とせがんだ後に、本物の複葉機の飛行ショットが挿入される繋ぎだ。観客には飛行機とは、竹ひご模型飛行機を指すことが既に前提になっているのにも関わらず、というのが上手いところ。

 次に、中盤の牧歌的なコメディタッチの外交場面を挟んだ後、息子が顧客(というか、保険を売り込む裕福な家の主婦)の子供と模型飛行機をめぐって喧嘩になったことを知った山口の心象の挿入で、これがカーニバルのびっくりハウスにある鏡みたいな、歪んだ顔のフラッシュバック。さらに終盤、いかにも成瀬らしい、息子が列車に轢かれたという報が入った場面。こゝで、山口の正面ショットから画面分割処理を施した汽車とレールのイメージショットが入ったり、子供を中心とする短いフラッシュバックを連打するのだが、その中にはネガ反転のようなショットもあるという、かなり奇を衒った演出が行われている。

 成瀬は後年になってもキャッチーなカッティングを好んだ人ではあるが、しかし、本作の試みは、やり過ぎに思える。実は2年後の『夜ごとの夢』(いまだサイレント作品)なんかでも、過剰なモンタージュがあり、やっぱり、まだまだ試行錯誤が続いていたのだろう。勿論本作中でも、病院のシーンで挿入される水道の蛇口から水滴が落ちるショットや(ハエが浮いている洗面器!)、冒頭の庭の物干し竿が唐突に挿入される繋ぎといった端然とした処理もある。

#備忘でその他の配役などを記述します。

・山口の息子役の加藤精一は『生れてはみたけれど』では坂本武の息子役。

・保険を売り込む家の子供で菅原秀雄葉山正雄。この家の女中は光川京子。菅原は『生れてはみたけれど』の斎藤達雄の長男。葉山は『一人息子』で日守新一の少年時代を演じる。

・保険外交のライバルで関時男。病院のシーンの医者は西村青児

(評価:★3)

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