[コメント] らくだの涙(2003/独=モンゴル)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
南モンゴル・ゴビ砂漠でらくだのや羊の群れと共に暮らす遊牧民の一家と、彼が飼うらくだの親子に焦点をあてたドキュメンタリーだが、ゴビ砂漠での自然の風景を美しく捉えるだけに終わらず、らくだの親子の話にしても遊牧民一家の話にしてもドキュメンタリーの中にしっかりとドラマを見出している。
遊牧民一家の家族の様子を描いたという点では、彼らの日常の様子を細かに捉えている。遊牧民の子供がテレビを欲しがるエピソードは近代化の流れが彼らの生活にも影響していることを伝える実に現実的なエピソードとして印象に残る。また、遊牧民一家には日常を“演じて”もうらという手法で撮影されているが、だからといって作り物になるわけではなく、ドキュドラマとして真実を伝えている。彼らが暮らす移動式テント(ゲル)の中でのシーンでは、ドキュメンタリーにしては劇映画のように落ち着いたカメラワークが目立つが、それは演出を施しているからであろう。
らくだの親子の話では撮影クルーに運も味方したのだろう。1ヶ月の撮影期間でこれだけの話を作り上げるに足る撮影ができたものだ。母らくだが白いらくだを難産の末に出産するシーンは生命が生れる瞬間に女性なら体現するであろう苦しみを映像で伝えている。このシーンは人間の出産では映像には出来ないが、人間の出産と同じものを伝えることが出来るシーンだ。その難産の末に生れた白らくだに対し母らくだは授乳を拒否するわけだが、遊牧民たちがそれを心配して伝統的な音楽による両方を試すことになる。馬頭琴という弦楽器を使った両方はモンゴルでは当たり前の儀式のようだが、他の国に暮らす人々にとっては新鮮である。実際、砂漠の風が吹く中、馬頭琴によって奏でられる音により母らくだが涙を流し、白らくだの授乳を受け入れる様子を眺めていると、そこには神秘的な力すら感じる。この神秘的かつ美しいシーンをカメラに収めることが出来たのは幸運であるし、このシーンが撮れたことによって映画がより良くなったと言って間違いではない。
(評価:)
投票
| このコメントを気に入った人達 (0 人) | 投票はまだありません |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。