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[コメント] 父、帰る(2003/露)

繊細でありながら力強い。見事に圧倒された。あまりに語らなさ過ぎで少々首をかしげるが、コレもコレで好きではある。多くを語らない父の多くを語らない映画の衝撃に、俺は言葉を失う。 2004年12月11日劇場鑑賞
ねこすけ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







えーっと、ロシアロシアロシアロシア・・・・『チェブラーシカ』『ミトンアンドレイ・タルコフスキー・・・このぐらいしか思い浮かばないや。長編デビューにしてベネチアで金獅子賞に新人監督賞受賞。ま、コレだけ圧倒的な映画をデビューで撮れば、そりゃ新人監督賞も獲るわ。

って、書いたんだけど、多分このレビュー、長くなるんだろうな。まぁいいや。

鑑賞直後はその衝撃に打ちのめされた。その圧倒的演出力もそうなんだけど、その唐突で衝撃的な物語の幕切れに。いやはや、凄い映画に出くわした、と言う感じ。

後々思い返せば、正直言って複雑なんだけど・・・

映画は言うまでもなく、物語序盤で説明を行うが、この映画では、父に関する説明描写を一切排除する。匂わせはするものの、最終的に父が死を迎えるその瞬間まで、彼に関する説明は一切されない。一応「12年間家を空けていた」と言う空白の時間と、「父はサバイバルに慣れている様子」と言う断片的な説明はなされるが、肝心な説明は全て省かれる。

コレは、ソ連→ロシアの事情を詳しく知っている人間ならピンと来る事なのかもしれないが、あいにく俺はその辺りの知識は全くと言っていいほど無いので、この親父が何者か推理を巡らせる事なんて不可能なので、父のバックグラウンドに関しては思考停止状態で鑑賞した。っていうか、「12年間」といわれた所で、俺は「ソ連→ロシア」なんて言う歴史的大事実を頭の片隅にすら思い浮かべる事が出来なかった地点で、推理云々言えた立場じゃないですし。

ま、そういう訳で、ロシアの広大な自然をバックに、物語は突き進んでいく。威圧的な父と、ソレを受け容れようとする兄、愛そうとする兆しを殆ど見せない父に嫌悪感を抱く弟。その葛藤が素晴らしい。「彼は父だ。本当に父なのか?」観客は彼らとその疑問を共有しながら、不確かな数分先の未来(=フィルムの一回り向こう側)にぐいぐいと引き込まれていく。一歩間違えれば“説明不足”と貶されるであろう本作が、その“説明不足”を盾に圧倒的作品に仕上げる事が可能だった要因は、当にその近年稀に見る繊細で力強い心理描写の巧みさであろう。

コレだけ観客を上手く登場人物に感情移入させる技量がある映画であるからこそ、逆に“説明不足”が一つの、物語を「伝える」為のアイテムとして活きて来る。多くを語らない映画に打ちのめされた俺は、多くを語る事なく劇場を後にするしかなかった。ソレほどまでに、打ちのめされた。

多くを語らなかった父が、何かを語ろうとした瞬間、脆くも体重を支えていた板が壊れ、父はあっけなく死んでしまう。何も語る事なく死ぬ。船に積んだ小さな箱。12年間の空白の謎を明かす事なく、彼は死んでしまった。

彼ら兄弟に感情移入していたせいだろうか、父が落ちて死ぬ瞬間、一瞬見せたあの哀しい目が物語るのは、12年間の空白に対する懺悔なのか、何なのか、それすらも語られる事なく父は死んだ。

兄弟は、情けなく泣きながら父を湖に葬る(偶然にも、この兄弟のどちらか忘れたけど、片方の少年はこの湖で作品の完成を待たずして亡くなったと聞く。冥福を祈るばかりだ)。父と共に沈んでいった箱の中には、恐らく父の12年間を解き明かす重大なヒントが入っていたに違いない。でないと、父が彼ら兄弟をあの島に連れて行ってサバイバルさせた理由が見当たらないから。しかし、それも儚く湖の底に沈んでいった。

真実が語られる事なく、兄弟は湖から立ち去る。

“敢えて”描かないのは、観客に判断を委ねる、と言う事の表れだと思う。この監督はデビューにして、それをやってのける、と言うのは相当の自信を持ってそうしたのだと思う。これって凄く度胸の要る事だと思う。特にデビュー作なんだし。

で、まぁ何と言うか、コレって同時に観客の真意が伝わりきらない、と言う弊害を当然産む訳で、俺も見事にそれにひっかかっちゃって、監督が何を伝えたかったのか、その真意を自信を持って汲み取れた気がしないんだよね。

コレは俺の目がまだまだ肥えて居ない証拠なのだろうけど、多少強引に思えた。その点が非常に残念。分かり難く“された”映画は、ある人には心にグサッと突き刺さり、ある人には「消化不良」に成りかねない。

うーん。俺はグサッと突き刺さった方なんだけど、でもやっぱり、その時の衝撃が一体何を物語っているのか説明しきれない俺自身の今現在を考えると、この映画に感じた衝撃だけで、★5の無条件降伏はできねぇなぁ。

ま、そんな事ごちゃごちゃ言うまでもなく、この映画は観客を黙らせるだけの圧倒的な力を有しているのだし、高く評価はする。素晴らしい映画に変わりは無い。見事。秀作。

所で、オープニングの高台から飛び込むシーン。アレ、兄弟の性格の説明描写であると同時に、それがラストの伏線となってるんですよね。見事見事。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)TOMIMORI[*] makoto7774[*]

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