[コメント] 三文オペラ(1931/独)
ヴァイルファンならば避けては通れぬ貴重な映像作品で、実際の舞台でも歌っているロッテ・レーニャやカローラ・ネーアの艶かしい歌唱を、画像を伴って愉しめることは、本当に有り難いのだが、では純粋に映画としての出来はどうかと問われると、これは手放しで褒めることは、残念ながら到底出来かねる。勿論、ロジャー・ダルトリー、ラウル・ジュリアらの’90年版よりは、格段に良いのは確かなのだが。
G・W・バブストの演出は、今回も如何にも柔で、特にポリーの性格描写の曖昧さや、ギャグの繋ぎの不手際や、セットの安っぽさ、そして音の使いの不味さが、気にかかって気にかかって仕様が無かった。この人は、とりあげる題材や人材は鋭いのだが、いつでもそれを、充分に昇華させてあげることの出来ない、哀しき凡人のようである。本作は公開当時、日本でも大変な好評を得たそうだが、それは単に原作に備わる魅力が受けただけであろう、この手の作品ならば、渡仏しシャリアピンSr.を起用して撮った『ドン・キホーテ』の方が、断然面白く、観易いように思う。
ううむ、映画としてはやはり、相当出来が悪いと云えそうだ。ならば、もう歌唱のことだけに触れよう。
まずはロッテ・レーニャ。ヴァイル夫人であり、良き共犯者でもあった彼女は、映画では焼餅娼婦のジェニーを演じている。脇役だが、その存在感は流石に圧倒的だった。彼女が港を見下ろす窓を背に歌う「海賊ジェニー」は、本作のハイライトとも云えよう。リズム、メロディ共に最もヴァイルらしい曲を、最高の表現者が歌っているのだから。
カローラ・ネーアは、レーニャ、ディートリヒに次ぐヴァイル歌手で、舞台でもレーニャと同じようにポリーとジェニーの両役を演じているようである。映画ではメッキーの嫁のポリー役を演じていて、結婚式のシーンで十八番の「バルバラ・ソング」を聞かせてくれるが、軽快なこの曲は、可愛らしい彼女が歌ってくれた方が(レーニャには悪いが)、やはり説得力があるし、聞き易い。
街路の語り部エルンスト・ブッシュが歌うのは「人間の努力の至らなさの歌」。典型的なヴァイル・メロに、ブレヒトの捻くれた個性が勝った隠れた名曲である。こういう曲を、酒の席なんかでサラっと鼻ずさみたいものである。尚、この歌にはブレヒト本人が歌うバージョンも在り、廃盤かも知れないが国内盤CDも出ていた。鼻に掛かった彼の声、歌いまわしは中々に味があるから、興味のある奇特な方には一聴をお勧めする。是非、探してみて下さい。
映画のオチの部分で、メッキー(ルドルフ・フォルスター)と”虎の”ブラウン警察署長(ラインホルト・シュンツェル)がデュエットする「大砲ソング」は、なにを隠そう、私の最も愛するヴァイルナンバーなのだが、それだけに、この映画版の出来は、不満の残るものであった。何が気に入らないかというと、まぁ、韻の踏み方とか語尾のニュアンスである。特にサビのキメの部分を”ビフステイク!タタッ」なんて切っちまっているが、はっきり云って以ての他である。
私が云いたいことは以上である。
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