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[コメント] 大酔侠(1966/香港)

 魅力的なキャラクター、立体的な立ち回り、階級社会、表の世界と裏の世界。この96分間には、武侠映画の全てがある。
にくじゃが

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 坊主と酔猫はお互いも金燕子たちのことも知っているが、山賊たちは酔猫を知らない。それ以下の雑魚となると金燕子すら知らない。力が物を言う世界で確固として存在する階級。そこに坊主と酔猫の師弟がらみの怨恨、山賊と政府の戦い。この三本の縦糸が絶妙に絡み合う。それもじめじめしたドラマではなく、魅力的なキャラとアクションでスッキリと。この構成に痺れた。

 チェン・ホンリー演じる老二の悪役ぶりが最高。はじめ男装姿の金燕子とは対照的に、化粧を施し、白装束! 自分に血なんか付かないと思ってらっしゃるのでしょうか。もうこの時点でとても強そうです。扇さばきもカッコよろしい。『残酷ドラゴン 血斗!竜門の宿』でのシー・チュンのキャラはここから来ているのかしらん? でもこっちの方が嫌みな笑いが様になるね。対する金燕子は戦いのなか終始緊張した表情を崩さない。ふつうの男以上に修羅場をくぐってきた彼女の顔、余裕を漂わせる老二の表情と対照的。そんな彼女がたまに見せるお嬢さんらしさがまたかわいらしい。 

 もう一人の主人公、酔猫もいい。世捨て人のように生きていながら、人と関わるのを止められない。彼の心には迷いがある。酔っぱらい、子どもと戯れる笑顔が消えて、兄弟子との対決を決意した顔、追いつめた兄弟子を前にしてのためらい、手を下した瞬間の表情! この時の血まみれの彼の呆然とした表情には『燃えよドラゴン』のあの顔と同じくらいに強い印象を受けた。(と言うか、ブルース・リーキン・フーの大ファンだったらしいので、確実にキン・フーの影響を受けてあのシーンを作ったと思う。) この迷いがあるからこそ、彼はとても魅力的なのだ。

 そう、この作品の一番すごいところは、登場人物ほとんどが感情をほとんど見せない、あるいは隠しているところにある。酔猫のおどけた調子はうまい具合に彼の心を隠している。権謀術数渦巻く世界では、そうでもしないと生き延びられないだろう。唯一、酔猫が見せるのがあの表情! この作品は、最後までほとんど個人の感情を排することで、“江湖”を描いて見せた。そして、あそこで彼が見せる“個人の感情”、あの一瞬で、あの映画の登場人物達も血の通った同じ人間と表現してみせる。“江湖”全体を描きながら、その世界では隠されてきた“個人”を描く、まったく見事というしかない。

 世捨て人と長官の娘、交わるはずのない対照的な二人が交わる時、コメディタッチなのも好き。緊張感だけでぶっ飛ばす『迎春閣之風波』も悪くはないが、息抜きがあってこそ緊張感が引き立つのだ。

 殺陣に関しては本当に文句のつけようがない。ベラベラと喋りすぎることのない登場人物たちが作り上げた緊張感。そこに一人や少数を丸く取り囲んで睨み合いをする平面的な画面に、丘の上・机の上など高さと厚みを持たせたり、バレリーナ出身のチェン・ペイペイの柔軟性や敏捷性を活かした動きや、この作品で世界ではじめて登場したというトランポリン・ワイヤーアクションなどがこの空気を解放する抜群の効果をあげていると思う。

 ジャッキーがどこにいたのか気になるところではあるけれども、このドラマ、このアクション! 香港映画におけるエポックメイキングとなったというのもうなずける傑作中の傑作。

(評価:★5)

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