[コメント] 復讐者に憐れみを(2002/韓国)
映画を見終った人むけのレビューです。
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『マラソンマン』というダスティン・ホフマン主演の映画がある。この映画には、プロの歯科医(ローレンス・オリビエ)がその技を駆使して、絶叫の中、拷問する有名なシーンがあるのだが、本作を観てちょっと考えてしまった。
社長(ソン・ガンホ)は家族を犠牲にしながらも電気屋一筋で伸し上がった技術者のように見えた。私の父の勤める町工場の社宅で幼少期を過ごし、今も物作りに関わっている自分としてはそういった人物には親近感を覚える。
社長は高電圧でヨンミ(ペ・ドゥナ)を拷問死させ、リュ(シン・ハギュン)を電気仕掛けのドアトラップで捉えたが、 果たして長年掛けて習得した職人技をそのような目的に使うことが出来るだろうか? 凡人の自分には想像するも愚かな話だが、復讐心から来る残虐行為は、社長がリュの死体をバラバラに解体したように、職人の技術など介在する余地がないように思う。
あったとしても、手に職を持った人が商売道具を殺しの道具として使うことは、例え人生が台無しにされたからとしても、自らの職への誇りと愛情をも否定することになるので、そこはやはり躊躇うのではないだろうか?(大工さんが大工道具を殺しに使うだろうか? 包丁人が包丁を殺しに使うだろうか?)
そもそも感情に流されない冷静な殺人者になることは、普通の人、特に物作りに携わった社長のような人間には到底不可能な気がする。本作ではその辺の心の動きがどうも伝わってこないが、観るものを不安に陥れるものは確かにあった。
オープニングのラジオで、姉想いのリュの手紙が読まれたエピソードと、「お前はやさしい奴だから、こうして殺さなくてはならない理由が判るだろう?」とリュに話しかける社長の描写は、やさしさと残酷さを対比させたこの監督特有の演出であったが(これがリアリティと呼べるものだろうか?)、そのような描写よりも社長がテロリストに刺されたラストに、殺しのあるべき姿を見たようで、安心する気持ちになったのは私だけだろうか。
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