[コメント] いらっしゃいませ(1955/日)
開店と同時に来店する客たちの中に加藤春哉がいて、彼は靴底が剥がれそうなサンダルを履いている。ソファの横でシケモクを喫った後、洗面所で歯を磨く。こういう人が将来高額納税者になるかもしれません、とナレーション。加藤春哉は作劇に何の影響も及ぼさないが、ラストショットでも登場する。
本作は銀座の百貨店(真砂屋という名前)に中途採用された森繁久彌と、3人の女性との関係を描いた映画。森繁は元は売れない絵描き。婦人服売り場に配属され、最初は売り子として働くが、後に店内デザイナーになる。配属時点の変な髭と髪型のルックスがまず目を引く。百貨店側の主な配役として、専務(多分、銀座店の責任者だろう)が小堀誠。上司の課長に増田順二、係長は太田光代(タイタン社長)みたいな北原文枝、そして同僚には香川京子がいる。上に3人の女性と書いたが、勿論、一人は香川だ。入社した日に香川を客に見立てて接客の基本を練習するシーンが面白い。係長の北原が教えるのだが、ずっとフルショットの長回しで森繁のリアクションを見せる(この映画、全体に引きのショットが多い)。
あとの2人の女性について書いておくと、一人は、森繁が下宿している家の主、小学校入学前の男の子もいる未亡人の中北千枝子で、一番真面目に森繁と結婚したいと考えている女性だ。もう一人は、専務−小堀の愛人で北新地の女給だったという設定だろう、関西弁で通す瑳峨三智子。嵯峨は小堀から森繁に乗り換えようとアプローチして来る。ついでに書くと、係長の北原も、後半の社員旅行のシーンで森繁に気があるような素振りを見せるので、本作は(少なくも終盤までは)モテモテの森繁が描かれた映画、という云い方ができると思う。
しかし、肝心の香川についてはどうだろう。香川は冒頭まず森繁の髭を誉め、社員食堂や屋上を案内したりして何かと世話を焼いてくれるし、森繁に好印象を持っていることは疑いないが、他にも多くのボーイフレンドがいるようであり、言葉は悪いが、かなり打算的なちゃっかり娘の一面がある。中盤、一緒に洋装店をやろうと話を持ちかけて来る部分だって、デザイナーとしての森繁をビジネスパートナーと考えていただけとも読めるだろう。また、森繁側の気持ちも、香川が一番好きだったようでもあるが、こちらも曖昧な表現にとどまっている。このどちらともつかないところが、森繁のキャラ同様、作劇的にも優柔不断な点だと思う。
ただし、香川のしっかりちゃっかりしている性格がとても良い場面を作っている部分は多々ある。例えば、彼女が森繁に職場の符丁(隠語)を教える中に「カワキタ」というのがあって、ある特性を持ったお客様のことを指すのだが「こちらカワキタ様です」と彼女が客を扱う場面はケッサクだ。他にも、森繁が香川の家に招かれて、入ってみると、男性3人とパーティーをしている場面。ドレス姿が可愛いのだが、なんと、誕生日だった。ケーキに立てたローソクの火をすぐに勝手に吹き消すマイペースな演出が絶妙だと思った。
どうしても香川の場面ばかりを書きたくなるが、中北と嵯峨も良い造型だ、ワタクシ的には中北を一番応援したくなったし、嵯峨の愛人らしさも絶品なのだ。森繁が腹痛を起こし(フグにあたった?)、入院した後に、病室に嵯峨、中北、香川の波状攻撃が続くシーケンスも見事な畳み掛けだろう。嵯峨が中北のことを下宿のオバハンと云うのが可笑しい。
#備忘でその他の配役等を記述。
・中北の母親は英百合子。彼女は屋内シーンばかりだが、寄りのショットは無し。下宿(中北の家)は、東急の緑ヶ丘が最寄り駅。森繁と中北と子供の3人で行く遊園地は後楽園か。
・嵯峨の友人で大阪から遊びに来ている関千恵子。
・森繁がクレーム対応で訪問した先は、浪花千栄子の家。森繁の謝罪演技が見事。浪花の夫役で東野英治郎。森繁の中学時代の友人だった。
・ミスユニバース代表でファッションモデルの伊東絹子が本人役で登場する。
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