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[コメント] エレニの旅(2004/ギリシャ=仏=伊)

「銃弾は一発幾らですか。命は一人幾らですか」
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







シテール島』以降のアンゲロプロス作品はキノシタ的な社会派叙情の世界。本作も以前なら加担していた反乱軍の肩は持たず、ただ母とともに内戦を嘆く大衆版『旅芸人の記録』である。夫婦の別離で引き合い切れてしまう赤い糸、なんて演出はベタもいい処だ。

しかし、本作の終盤はこのベタが強度にまで達したがゆえに優れている。いったい、軍隊が戦場に母親を案内して息子の屍と対面させる件は、事実なのか象徴的な虚構なのか。余りの悲惨さに言葉を失う。

続く、看守小屋に担ぎこまれたアレクサンドラ・アイディニの寝言が凄い。この3時間弱の映画のストーリーの細部(何で逮捕されたのか等)がここでやっと判る、という物語りは斬新だし、「水を下さい、石鹸を下さい」とリフレインされるその語り口は見事に詩的、本邦の優れた反戦詩を想起させる。「銃弾は一発幾らですか。命は一人幾らですか」。

続いて見る幻覚、死んだ息子二人が自分の死を嘆いているという入れ子構造の物語りも見事で、アレクサンドラは自分の生死も不確かな亡霊となり、水没した村を再訪しオデッサ難民の悲劇を巫女のように嘆く。素晴らしい。気障な本邦表層批評はこういうベタを黙殺し、アンゲロプロス受容を偏向させた処かあると思う。

前半の、養女に結婚を迫り息子に寝取られる父、とは何だったのだろう。民族由来なのだろうか。キノシタなら代わりに難民の対外的な受難を描き込んだだろうし、それが普通だと思うが。アレクサンドラは若い北林谷栄さん(映画で観ることはできないけど)みたいでいい。撮影美術は極上の上。

(評価:★4)

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