[コメント] MY FATHER マイ・ファーザー(2003/伊=ブラジル=ハンガリー)
ハリウッド右派俳優の長老格として君臨するチャールトン・ヘストンがナチスの人体実験者を演じる皮肉に、『ボウリング・フォー・コロンバイン』の観客は意地の悪い笑みを浮かべるかもしれない。だが、彼の存在感はその笑みを凍りつかせてしまう程に深く、大きい。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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息子ヘルマンは、メンゲレの名を継ぐことによって幼い頃より皆から疎まれ、迫害されてきた。そしてその父は何処にいるのか判らない。そんな父をヘルマンは呪いこそすれ、決してまだ見ぬ姿を恋い慕うことはなかったろう。
だが、すでに大人となって父の消息を追う彼は、せめて父に今までの罪を悔いる気持ちがあってほしいと願い、父の悔恨を求める。
だが父は、おのれの行為に罪を認めない。優れた種が生き残るために、劣等種の繁栄にはピリオドを打たねばならない、という使命感を今も持って。そんな彼も、まさに「自分の主義」を曲げることもなく、劣等種ではあるが人間として他の動物に勝る、現地人の子供の病気や怪我を治し、周りのブラジル人たちから信頼を受けている。いわば彼は「極端な」ヒューマニストなのだ。優れた種であるゆえに人間を愛するところの。
その父を撲殺、あるいは銃殺しようとして果たせない息子の心を、ひとことで言い表すことは困難だ。意見の合わぬ者を殺していては、息子自身が呪わしいナチと同じことをすることになってしまう。ならば、どんな理由をつければ殺人は正当化されるのか…。
その犯罪を憎みつつ、父の言葉に彼が父であることを認めるに到るアンビバレンツ。その前にあって、すでにアルツハイマー症に実際に冒されているヘストンが突きつける問いは重い。そこには彼の人生最後の訴えがかかっているかもしれないからだ。
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