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[コメント] うつせみ(2004/韓国=日)

現代劇を装いつつも、何となく普遍性を感じさせるお伽噺へ、次第に話が純化されていく様はさすがギドクといったところ。ただ一つ気にかかるシーンが・・・かつて自身の作品を倫理的観点からゴミと称したギドクの発言にも関連します。
かねぼう

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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「自分は韓国社会で奇形的に生まれ劣等感を糧に育ってきた怪物のようなもの」 「これまでの自分の作品は全てゴミのようなものだ」 「全員が隠したがる恥部をわざわざ誇張して表現した自分の映画を情けなく思う。美味しかった料理を、その後排泄物として出す際に、それを避けようとする人々の心情をまったく理解しないで映画を作ってきた。自分が本当に恥ずかしい」

テレビ局に送りつけられたギドクの謝罪文からの抜粋だ。自分の作品が倫理的に批判を受けることが多く、興行的にも全く成功しないことの当てつけで、ギドクはポン・ジュノのグエムルのヒットに対して否定的な意見を述べた。そのことがネット上で批判を浴びたことから、謝罪とともに一度韓国映画界から身を引くと発言している。ここでいう“奇形的”とは倫理観の欠如を示すものであり、自身の作品の韓国での不評を受け、自身を倫理的観点から自虐的に評した言葉であろう。

韓国は倫理観が強い国であるが、なるほどキム・ギドクの映画が興行的にあまり成功しないのも納得である。ギドクにはどうも身体感覚への執着が感じられ、結果的にはそれが儒教的思想とは相容れぬ過酷な展開へとつながることが多い。

僕はそのことに関しては中立的立場を取っているつもりだ。つまり、自分の倫理観と相容れぬ描写に対して、ただそれを理由に否定する訳でもなく、かといってそれが醸し出す嫌悪感を無視するわけでもなく、という感じである。そのような立場を取らざるを得ないのだ。というのは“芸術と倫理を混在させることの是非”について僕は全く自分の意見を持っていないからである。これまで特にその答えについて考えを巡らそうともしてこなかったし、ひょっとしたらこれからもそうかもしれない。

ただ僕は、そのような僕の中立的立場をもってした場合、ギドクの作品に倫理観が欠如した描写が部分的にはあるにしても、作品全体を眺めた場合にそのように批判されるべき筋合いが認められるとは思わない。というのは、ギドクの今までの作品ではそのような描写があったとしても、その当事者となる登場人物たちは、それによって観客から“きちんと”反感を買う一方で、自身もそれに自覚的となり、そしてラストには何らかの形で、観客の心をより深いところで動かすのに一役買うからである。その点で僕は自身の描写の危険性に自覚的であるギドクを感じることも出来るし、だからこそその点を欠点とは取らずに、むしろ監督の特徴、他の監督の持ちえない長所として解釈してきたのである。しかし、この「うつせみ」であるが、以上の点を踏まえて一つ気にかかる点があるのだ。

たしかにこの作品は、従来の作品に比べて辛辣な描写は少なく、通常の恋愛映画を見る感覚でもって見ても十分酔うことのできる作品となっている。気にかかるシーンは、主人公の男がゴルフボールを一組のカップルが乗っていた車のフロントガラスに激突させ、乗っていた女に重傷(その後彼女は死んだかもしれない)を負わせるシーンである。そして問題なのは、この事実が結果的に主人公のイメージを良いものにするためだけのものに、すなわち繊細で、心に傷を抱えた、などという透明感を演出するためだけの筋書きへと帰されてしまったことなのである。ここで観客は主人公に嫌悪感を抱くどころか、慎ましやかに泣く彼の様子を目の当たりにし、彼への同情を余儀なくされるのである。このシーンにおいて、僕は主人公に同情を感じるとともに、一方でこのような演出をしたギドクに対して多少の嫌悪感を感じていた。自身の表現に対して無責任だと思った。そしてそこで頭をよぎったのが、ギドクの謝罪の中にあった、“奇形的”と自身を評した一節なのである。優雅さと静謐さの表現に関しては稀に見る完成度を誇る作品であっただけに、このような安直さは痛いと思った。

そして生意気にも思うことは、ギドクの作品を倫理的観点から批判する場合、こういう安直な描写の批判のみに留めてほしいのだ。少なくとも監督がその欠如に自覚的であるシーンに対して、改めて批判を加えることは追い打ちになるだろうし、監督の才能を潰してしまいかねない。ギドクの引退宣言を見つけた時に噴出した冷や汗の多きことよ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)moot ぽんしゅう[*]

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