[コメント] 赤線地帯(1956/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
本作においても、縦、奥行きへの志向がずっと垣間見える画面造型だ。それには、ほとんどの場面で舞台となる吉原の特飲店「夢の里」の屋内屋外のセット美術がずいぶんと貢献しているだろう。冒頭、浦辺粂子がグラスに酒を注ぎ、巡回で店を訪れている警官−見明凡太郎へ「寒いから」と酒を差し出すショットから、応対するお母さん(女将)−沢村貞子の奥の部屋に、町田博子と三益愛子を見せる。続く若尾文子とその客−春本富士夫の2階の部屋での見せ方や、女衒の菅原謙二が、京マチ子をスカウトして店へ連れて来た場面なんかでも、良い縦構図が連続する。あるいは、通りで客引きをしている三益がいきなりキョドって逃げると、息子−入江洋佑が訪ねて来るという場面や、眼鏡をかけて所帯じみた木暮実千代とその夫−丸山修が住む、あばら屋の前の通りなど、ずっと奥行きを意識させる画面が連打されるのだ。
他にも演出の見せ場ばかりの映画だが、冒頭の若尾と春本の場面における座敷と寝間を仕切る襖の演出−襖が閉まって、やゝあってからオフの三益の声が聞こえる(若尾に金を借りに来る)、この見せ方には唸ってしまう。同じような、女性たちの部屋の活用で云うと、終盤の京マチ子とパパ−小川虎之助の場面での、浮遊するようにカメラが小さく寄り引きを繰り返して寝間の京を捉え続け、座敷にいる小川との断絶を画面化する視点にもゾクゾクさせられた。京が小川に「ショートで千5百円や」と云うシーン。この2つの場面は特筆しておきたい。
さて、演者に関しては、若尾、京、三益、そして木暮の4人への言及が多くなるのは当然と思うが、彼女らに混じって、いつもアパートの管理人役ばかりといったイメージの町田博子がいつもの彼女とはとても思えない厚化粧で、足抜けのように郷里に逃げ戻って約束の人と結婚する女性−より江を演じている。彼女がラストまでプロットに居続けて、特飲店の存在を肯定するというのがいいじゃないか(これも厳しい視点のアイロニーだろう)。
あと全体に画面の面白さに比べて、どの人物もキャクター造型とそれを発揮するプロットは戯画化され過ぎており、アザトくも感じられるけれど、木暮の夫の丸山修と、若尾と結婚の約束をしている春本富士夫の2人の脇役については、本作が彼らの代表作だと云いたくなるぐらいに良い役だと思う。特に若尾との修羅場が与えられている春本は儲け役だろう。
そして、溝口の最後の最後も、実にカッコよく軽やかにプロットをギアシフトさせて見せる。つまり、若尾や京や木暮で締めないで、川上康子のショットで締める。これにより、彼女ら全員を軽く突き放した感覚が出る。さらに『噂の女』のラストシーン、ラストの科白を敷衍したような、画面で示したような趣きも感じられて感慨深い。
#備忘でその他の配役などを記述します。
・「夢の里」のお父さん(主人)は進藤英太郎。同業者役で加東大介。
・若尾に小遣いを渡す、寝具店「ニコニコ堂」の主人に十朱久雄。
・町田と京が取り合う客で、田中春男。若尾の客で多々良純。浅草の食堂で多々良の家族と鉢合わせする。
・三益の姑に三好栄子、舅は高堂国典。高堂は寝たきりで唸っている。
・『噂の女』のラストの太夫の科白。「あてらのようなもの、いつになったらなくなるんやろ。あとからあとからできてくるんやな」。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (1 人) | [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。