[コメント] 虹の女神(2006/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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あおいの監督・主演した自主製作映画『THE END OF THE WORLD』の‘世界の終り’が、あおい演じるヒロイン一人の終りでしかなかったという夢オチ的な結末。フィルムのヒロインにとっては孤独な結末とも思えるが、このフィルムを、あおいの葬儀の後で仲間たちが揃って観た事は、彼らにあおいの死という事実を、彼女自身の内側から受けとめさせる事にもなったように思える。
あおいの生前に成就しなかった恋が、フィルムの中では岸田とのキスシーンという形で実現している事。このキスシーンは、演技とはいえキスは無理という主演女優・今日子の降板を受けて急遽、監督であるあおいが出演するという事情や、あおい自身、照れ隠しなのか岸田の唇を咬んで本当のキスにはしていない事など、フィルム上での虚構としてのみ実現したキスシーンでもある。本作そのもののラストシーンでのあおいの手紙も、岸田が恋していた今日子へのラブレターをあおいが代筆するという「嘘」から、あおい自身の恋心がこぼれ落ちる。
それとは逆に、家族ぐるみで年齢を誤魔化したり、妊娠したなどと言っていた岸田の「恋人」千鶴の嘘=虚構は、現実の関係に於いて、騙す目的でつかれた嘘である事で、岸田の心を彼女から遠ざける。だが去り際に千鶴が言った、本当の年齢や、離婚歴がある事を告げていたら、付き合ってくれていたか、という言葉に、岸田はこれという答えが返せないでいる。これもまた、虚構の中でだけ実現していた恋かも知れないのだ。この破局の後で岸田が、渡米したあおいの事を思いだして電話をするという展開は、なるほどと言うべき所だろう。
惜しむらくは、岸田の人物像が弱すぎる事。彼は、果たして内面というものがあるのかさえちょっと疑ってしまうほど、浅い印象が拭えない。その点、市原隼人は、そのチャーミングな情けなさという魅力を考慮しても、やはりミスキャスト。
あおいの妹役の蒼井優の、盲目という設定が、姉の制作したフィルムが観られないという事に結びつけられないままに終わるのは半端な印象も無くはないが、その可憐な演技も相俟って、この映画の内面性を彼女の独力で深めているのは確かな事だ。また盲目である事で、ラストであおいの手紙を岸田に読ませ、その傍に寄り添うという特殊な状況を演出し得た。
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