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[コメント] ユメ十夜(2006/日)

この企画は、各作家たちが原作の持つ奇想をいかに解釈して、わずか10分の短尺でどう表現したかを楽しめば良いわけで、そこだけにこだわって観れば松尾スズキの「第六夜」が抜きん出て面白い。点数は全て松尾監督のしなやかで潔い創作センスに捧げる。
ぽんしゅう

■第一夜

原作では愛する人の蘇生を、百年間待った者のロマンティシズムを白い百合の花に託すのだが、意地の悪い脚本の久世光彦は、主人公をさらに百年待たせようと時計を逆に回す。そして、今度は赤い金魚となって蘇生するのだという。その終わりなき繰り返しは、輪廻のむごさとも、永遠の純愛とも、あるいは男と女の交わらぬ性(さが)ともとれる。久世の想いを汲み取ったようには見えない実相寺昭雄演出は、良くも悪くもいつもと同じ。・・・・3点

■第二夜

市川崑は、実直にも人が寝ている間に見る「夢」の再現を試みたのだろうか。白黒の無声映画。主人公の運命を決するはずの短刀だけが鮮やかな朱色である。私も色つきの夢をみるが確かに記憶に残っている色は、花畑の黄色であったり赤い車であったりと決まって一色だけだ。夢の中で交わされた言葉は、無声映画の字幕のように話し手から遊離して曖昧な記憶な中をさまよう。市川監督の生真面目さが出過ぎて、奔放さが鳴りを潜めているのが残念。・・・2点

■第三夜

原作の十話中、漱石の原罪意識を感じさせる最も不気味な話しだが、清水崇の持ち味がぴたりと合致し薄気味の悪い恐怖映画に仕上がっている。「私は、どうやって大人になったのだろう」という主人公の自問自答も、現代のイジメや幼児虐待の連鎖や、大人としての自信と責務の喪失としか思えない親の子殺しを彷彿とさせて薄気味悪い。原作が持つ文明の新しい波間を生きることの不安感を、今の時代の不安へと上手く置き換えることに成功している。・・・4点

■第四夜

市川崑が「夢」そのものの再現に固執したの対し、清水厚 は原作の「なかなか出てこない蛇」の「解釈」に執拗にこだわったようだ。「解釈」のために大胆にも「過去の少女の神隠し」という物語を準備したのはよいのだが、いささか原作へのつじつま合わせ的な理屈が先に立ち、すべてのイメージに既視感が漂う。この監督の作品は始めて観たが、創作よりも、「解釈」することや、実相寺昭雄演出を模写したような見栄えへのこだわり方に「オタク」を感じる。・・・2点

■第五夜

瀬戸際に立たされながら女を待つ男の覚悟が描かれた原作が、ここでは逆に視点が、男にたどり着けない女(母)の側の焦燥と混乱へと転換される。救いを求めて待つ者の期待に応える術が見つけられない救い手というのも、今の時代の不安を反映した実に見事な置き換えだ。ユーモラスで無邪気な子供のようにも見える天探女(あまのじゃく)も、幕引きの無力感を引き立てる効果を出している。全体に幼さが残る演出は豊島圭介の持ち味なのだろうか。・・・3点

■第六夜

原作の設定をそのままに、振り返る視点だけを明治から平成に置き換えただけというのが、逆に命題の普遍性を際だたせることになるという着眼点のセンスのよさに感心する。原作は実にビジュアル的には単調で鈍重になりがちな話しなのだが、そこは、軽快なラップのリズムと言葉の連鎖、スピード感溢れるカッティングの妙で、ダンス映画として一気呵成に見せきってしまった。どこか間抜けなユーモアさも実は原作どおり。恐るべし松尾スズキ。・・・5点

■第七夜

動かないないものを観客のイメージを超えて動かすところに、本来のアニメーションの妙味がある。ということは、今回は原作がすでにイメージの塊なのだから、それを実写ではなくアニメーションで表現しようとした時点でかなりハードルは高くなる。これをクリアするには物語の大胆な翻案が不可欠なはずで、それを怠ったこの作品は、案の定ただの原作のトレースでしかなく、創作された造詣も平凡の域を脱していない。しいて言えば赤い魚が美しかった。・・・2点

■第八夜

見たいものが見えない、あるいは見ることができないというイメージを、山下敦弘は大胆かつ奔放に置き換える。わずか10分程度の長さにもかかわらず映画のトーンは定まらず、次から次えと現れる事象も関連性を断ち切られ意味の連続性は消滅する。巨大な竹輪生物は、何なのか、どこへ行ったのか。つまり観客もまた、見たいものを見ることができないのだ。そして、唐突な全停止状況。人を喰ったようなこの山下監督の意地悪さが私は大好きだ。・・・4点

■第九夜

オムニバス中、最も安心して観ていられるオーソドックスな作品。原作では、我が子を気づかいながらお百度を踏む新妻の懸命さが切なく心を打つが、西川美和作品では、その懸命さの根源が一線を踏み越えた女の性(さが)の為せるものとして描かれる。そこには、緒川たまきの清楚さの裏返しとしての強い意志が発する怖さが加わって、切なさがいっそう深みを増している。これは女性監督にしか撮れないと言ってしまうのは、少し乱暴だろうか。・・・3点

■第十夜

オムニバス中、最も「今どき風」な感覚をふりまく作品。実は、第六夜の松尾と同じ方アプローチ方法なのだが、描かれる「今」は表層的に原作の事象を「今どき風」に置き換えただけで、実際に「今」を感じさせるものは何もない。その証拠に、松尾のユーモアには「聖と俗」の普遍を感じるが、本作の「美と醜」の笑いはただのギャグへと矮小化されている。第六夜の後では、結果的に松尾の着眼点のしなやかさと、一転突破的潔さの実証役にしかなっていない。・・・2点

レビューに記載した点数は、このオムニバス限定の相対評価です。

※原作、本編ともに、ネタバレはしないように書いたつもりですがバレてたらゴメン。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)ペペロンチーノ[*] づん[*] ガリガリ博士[*]

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