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[コメント] 拝啓総理大臣様(1964/日)

時代から取り残された芸人世界を描いて力強い好篇。『キクとイサム』のキクみたな壺井文子に好感、渥美清の関西弁が珍しくて面白く、突き抜けた加藤嘉の酔っ払い芸が素晴らしい。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







犬殺し(!)の渥美清は師匠の死を機にもう一度漫才しようと、元相棒で売れっ子の長門裕之を訪ねて上京、壺井文子(黒人のハーフで『キクとイサム』のキクによく似ている)は母を亡くして羽田の下町に叔母さん宮城まり子を訪ねる(宮城は母親と判明する。彼女は麦藁帽を被って羽田空港で労務をしている他、映画は何度かフレーム外から聞こえる飛行機の飛行音をSEにしている。)。渥美と壺井は列車で相席になる一瞬の不思議なコメディがあり、壺井が居酒屋の表で吃音者から「黒んぼ」と云われて「黄色んぼ」と云い返す件で渥美と再会する。

渥美の関西弁が珍しくて面白い。天王寺だけで通用したという師匠の一番芸、「オコモ(御薦。コモ被っている処から乞食の意)のノミ取り」という、体躯中這いまわるノミ探す芸をバーで披露して、長門からそんなものテレビじゃできなかったと愚痴られる。

同居する壺井を嫌いまくる宮城の亭主加藤嘉の酔っ払い芸がすごい。宮城を轢いて謝罪に50万円ポンと渡したワトソン氏との奇怪なコメディがあり、彼が壺井をハウスキーパーとしてアメリカに連れて帰ろうとすると、壺井が嫌いなはずなのに一転反対する。そして進駐軍に殴られて耳が悪くなったのだと最後に告白する。彼は壺井ないし黒人が嫌いなのではなくて、アメリカ軍が嫌いなのだ、と終盤に判明するのだった。この人物の陰翳が本作のレベルを引き上げた。そしてどうやら味を占めて当たり屋になったらしく、最後は新聞の死亡欄で長門の相方の横山通乃に発見されるのだった。

追い出された壺井は長門に追い出された渥美に誘われ旅芸人一座で漫才。「黒ん坊見るのはじめて」と村でウケて盛況、冷酒呑みながらストリップせいと無理強いする上田吉二郎さんを引き摺り出して渥美に殴られる。「芸でママ喰おうと思たら辛いことがたくさんあるんや」。ベタな泣かせで上手いものだ。翌日、壺井は神社に、漫才上手くなるようにと願かける。

次には不如帰のパロディを舞台にしていて、漁業組合の争議で客が引き揚げたりしている。横山に捨てられた長門が渥美誘ってテレビで漫才、「ニッポン三十八度線」というネタをして失敗して喧嘩になる件があるのだがこれがなぜか面白くない。本作、漫才がテーマなのになぜか漫才はどれも詰まらない。これだけが残念だったが、しかしもう一度だけと撤収するテレビの若いスタップに土下座する渥美がいい。バカ野郎と呑んだくれる宮城の屋台の女将に何と千石規子が登場して最強の芸を見せつける。

そして最後は、壺井が渥美に啖呵を切る。「うちらはお互いにひとりぼっちや思ていたんや、おっちゃんだけは仲間やと信じていたんや。おっちゃんと漫才するために戻ってきたんや」。これがまたいい泣かせだった。最後はふたりともデパート勤め、慰安会で渥美が黒塗り(ミンストレルショー)して壺井が白塗りする歌謡漫才。この上映は現代では微妙かも知れない。こんにちは赤ちゃんの合唱。

「拝啓総理大臣様 この人達があなたを選んだのです 敬具」というテロップで終わる。全員保守層ということだろう。壺井は成人したら選挙権はあったのだろうか。

タイトルは冒頭の松竹映画提供するお笑い番組でもあった。「今日もまた池田首相が失言しましたね」から始まる長門と横山の漫才。とんでもない自動車の渋滞と、水不足で修学旅行生がタッパ持って水集めしている(!)フィルムがパロディにされている。長門の浮気相手が原知佐子で当然見処。弟の山本圭は脊椎障害で入院、入院できない人が何千人もいると語っている。風呂場で原が山本の体を洗っており、終盤では中央林間駅そばの職業訓練校で松葉杖の練習する山本を原が訪れている。ここだけ後年の山田洋次のようで、つまみ喰いのようでもあるが、ぜひ描写したかったんだというニュアンスがあり好感が残った。

(評価:★4)

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