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[コメント] ペルセポリス(2007/仏=米)

僕らにはテレビ画面の向こう側の世界でしかない、爆撃、拷問、宗教戒律、等々に対し、ヒロインのマルジが徹底して「普通」である事の新鮮さ。半面、マルジの日常そのものが普通の環境に移った途端、単なる普通の女子日記と化すのが難。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







アニメーションである事による誇張と省略も善し悪しだ。ヴェールの着用の仕方にうるさいイランからドイツに留学してきたマルジが、修道院で同じような黒い布に身を包んだ修道女らに遭遇する場面などは、その絵一発で「自由な欧米」を撃ってしまっていて見事。また全体的に、簡略な線がとモノクロで描かれているので、国や人種の違いが上手い具合に相対化されている印象があり、そこが面白い所。

半面、留学先で付き合った恋人が、最初は好男子で美青年に描かれていたのが、彼の浮気発覚後は一転してグロテスクな怪物のように描かれている点など、一人の女の子の心理として自然な描写で面白いものの、こうした主観性が、却って僕には素直に感情移入し辛い点。

鬱になったマルジが受診した精神科医が、彼女の話を聞きながらメモ帳に落書きしている場面なども、まともに話を聞いてもらえていないという彼女自身の心情は伝わるが、まさに彼女自身の主観視点のみで、マルジが自身を突き放してユーモアにしているのではない分、どこか「信用できない語り手」化して見えてしまう。ドイツ留学中に家に置いてもらっていた哲学教授を「少し頭がおかしかった」と言いつつそれを示す具体的なエピソードが無いのも、何だかアンフェアで言いっ放しな印象。

だからこそ、マルジの祖母は、優しくも厳しい批評家としての存在感がある。町で自分を見ていた男を警察に捕まえさせたマルジを祖母が叱る場面がいい。マルジが大切にしているらしい祖母の言葉、「自分自身に公明正大でありなさい」は、この作品全体に充分に活かされているとは言い難いが、祖母がブラジャーに詰めていた花の香りで作品全体を覆って幕を閉じる所などは、一抹の寂しさと共に爽やかな余韻を残す。

なにより、ああした状況下に育った一人の女性が漫画家として自立し、その作品がこうして映画化され、イランの実情を身近なものとして伝えているというその事自体に、鑑賞しながら、時々、感動させられた。これもまた、絵である事のプラス面。絶えず視覚的に、今を生きるマルジの存在を感じさせてくれる。

(評価:★3)

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