[コメント] ゼア・ウィル・ビー・ブラッド(2007/米)
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歳はまだ若いながら、これまでに見事な群像劇を仕上げて見せてくれたアンダーソン監督が新たに選んだ題材は、これまでの彼のキャリアであった群像劇を捨て、たった一人のすさまじいまでの生き様を描くものだった。
これはデイ・ルイスという希代の名プレイヤーを得たことからなされたことだったが、本気で狂ったキャラを真っ正面から作り上げることに成功。ここまでの“漢”の生き様を見せつけた作品は、本作が頂点と言っても良い。2007年の男優賞は軒並み彼のためにあったようなもの。
それはこの男ダニエルが一貫した男だったからではない。むしろ彼が矛盾だらけの人間で、それを全く隠そうともせずに突き進んだと言うところにある。
彼は極めて矛盾に満ちている。詐欺師まがいの口八丁で他人に自分を売り込んでいるのに、人嫌いで「早く金を稼いで人から遠ざかりたい」と言ってみたり、「こどもの教育が何より大切」と言っておきながら、そのこどもを放って石油発掘ばかりを見ている姿であったり。「パートナー」と言っている人間を容赦なく切り捨て、時に死に追いやったり。重要な秘密があったとして、それが自分を破滅させてしまうと分かっていても、いつか必ずそれを口にしてしまう。
これらは矛盾ではあるのだが、彼にとってはおそらく全く矛盾はしない。その時その時に彼は自分に忠実なだけ。ある瞬間に価値観が切り替わってしまう時があって、そこからは過去の生き方をすっぱりと消してしまえる人間だと思われる。
こういう人間というのは時折出てくる。日本ではおそらく北野武。場面場面において、徹底して誠実に、そしてそれが過ぎると、過去何を言ったのかなど全く気にせずに発言する。だから人間関係も平気で切るし、暴れても見せる。パフォーマンスとかそう言うことは全く考えてないだろう。ただその時に自分の思いに忠実であり、その時自分に求められることをしているだけ。これも又一種の誠実さではあろう。
とはいえ、そんな人間の周りにいる人間はたまったものじゃない。ある瞬間に、それまでの常識が一気に変わってしまうのだ。気を遣おうにも不可能で、今まで通りにつきあおうとすると、下手すれば殺されてしまうほどだから。 こんな人間を安全地帯から観ているのは、疲れるけど楽しいもの。映画のスクリーン越しだからこそ楽しんでいられる存在なんだが。よくもまあこんなキャラクタを作り上げたもんだ。アンダーソン監督とデイ・ルイスのコンビの噛み合いは奇跡的だ。
描写も面白い。主人公のダニエルは劇冒頭から最後に至るまで常に何かを叩いてる。しかもその大部分は閉じられた空間で。最初の金発掘のためにハンマーを振るってるシーンから始まり、石油発掘のためにやっぱり地下に潜って地面を叩いてるし、自分に何もしてくれなかった。という、それだけの理由で牧師のイーライを泥沼の中で叩く。弟として受け入れたヘンリーも殺す。もちろんラストでイーライを撲殺するシーンもそう。だけど、それだけでなく、ダニエルは言葉によっても人を突き刺す。時にねちっこく、時にずばっと。聡明で、物事の本質が分かってしまうが、それを隠すことができない人間だからこそ、人を傷つけ回る。無機物だけでなく、人をも叩く。実際嫌な人間だが、そうせざるを得ない生き方でもあったのだろう。
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