[コメント] 不滅の熱球(1955/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
史実を扱って事実と違う件は映画の作為がむき出しになる。プロ野球開幕以前は例の草薙球場でのベーブ・ルースとの対決があり、アメリカ行脚があったのだが、映画はこれをざっくり略している。ここを描くとアメリカとの対決姿勢が自ずと鮮明になってしまうので、映画はそれを避けたように見える。そもベースボール自体がアメリカ文化の輸入である訳で、最期は対米フィリピン戦線。沢村の人生はアメリカとの関係において存在したのだなあという感慨がある。アメリカ文化が沢村の才能を開花させ、そして消滅させた。
それ以降も、史実とはいくらか違うようで、プロ野球の開幕戦でいきなりノーヒットノーランは話を省略し過ぎだし、最期は輸送船の沈没であるらしい。ないものねだりだが、出生から中学生活までも少しでいいから描いてほしかった。
入営にあたり沢村は長嶋引退セレモニー(古い)みたくグラウンドにマイクたててもらって挨拶している。「元気で行って参ります」。戦地から報道されているのがリアル。このような戦争報道で新聞は売上を伸ばしたのだ。手榴弾を遠くに投げすぎて営舎の窓ガラスを破壊する件が描写されているが、実際は彼は手榴弾投げすぎて肩を壊したらしい(映画では銃撃で右手を負傷するが実際は左手らしい)。徐州徐州と進軍し、匍匐前進繰り返す戦闘シーンが腰を落として描写されている。復帰して監督の笠智衆は打者転向も示唆するが投げ続けて不振続き、グラウンドから大量の座布団が投げ込まれているがあれは何なのだろう、球場の備品なのか客が持ち込んだものなのか。
司葉子との馴れ初め(君は巨人全体のマスコットだ、というスタンドの華)から結婚(芦屋の令嬢の頑固親父清水を陥落させる)、死別まで、平凡な結婚生活だから仕方ないのだが平凡だった。なかでは妊娠した司が病院に行くと云うと池辺「また虫かい」「あら違うわよ」という対話に驚きがあった。司でも回虫に見舞われるのだろうか。
二度目の召集(実際は三回とのこと)を云いだしかねる池辺、野球好きの司が池辺が勝利投手になった試合の詳細を池辺に問い、池辺が答える、という長い件はしかしいいものだった。景浦に外角高めは駄目なのに、みたいな穿った会話で全部再現する。野球好きの夫婦はこのように会話するのだろう。「どうしてあんなに調子が良かったのか」と直近の試合を回想する池辺。事故前にバカツキする麻雀みたいな不吉が、その直近の試合にはあったのだろうか。「カンバックするまでは絶対死なん」といい残す池辺。映画はマウンドに戻ってくる彼を無言で追悼した。死者を弔う映画は多いが(例えば『グレンミラー物語』)、この無言の処理はいいものだった。
原作は鈴木惣太郎「沢村栄治」。草創期には客の入りが悪いと飯も抜いたこともあったと捕手の千秋実は回想している。「ファンは誰についてきたか知っているのか」と、不振の沢村を批難する後輩に彼は諭すのだった。グラウンドはバックスタンドに「国民精神総動員」の垂れ幕がかかり、「GIANTS」が「巨」に代わる細かい処もフォローしている(「よし」「ダメ」の判定はなかった)。場内アナウンスが「タイガース」ではなく「タイガーズ」と云っている。
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