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[コメント] 永遠のこどもたち(2007/スペイン=メキシコ)

人が死ぬにも関わらず優しさを感じさせる、捻りの効いたいい映画である、とは思う。
G31

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 ≪映画の進行上の都合から、物事の順序が不自然になること≫を極端に嫌う私としては、冒頭、空を映していたカメラの首が下を向くと途端に始まる≪だるまさんが転んだ≫(風の遊び)だとか、それを眺めている施設職員が映されると電話が鳴り、「準備は整いました」と答えるところ(そういうのって、準備を整えた側から連絡するんじゃないの?)とかあたりからさっそくもう、言葉にならない不快感が積み重なっていく。

 最後まで作品を見るとわかるのだが、ゴール地点は決っているのだから、ただ乗り越えるためだけに出てくる障害のような、経過した時点で意味のなくなるエピソードの類が、次から次へと出てくる。私はこういう映画を≪ゲーム映画(仮称)≫と呼んでいる(呼ぶことにした)。そして私はこの手の≪ゲーム映画(仮称)≫の楽しみ方がまったくわからない。

 例えば、女性捜査官兼心療医(?)が、ラウラのために、例の度の強い眼鏡をかけた老婆の所持品を探し出してあげた(なぜ彼女がそんなことまで?)シーン。ラウラが施設開園パーティで見た少年の話を口にすると、「あなたの言う少年を見た人は誰もいなかった」と即座に回答される。女性捜査官の、というより脚本の手回しのよさに、私はただただ感心してしまう。あるいは、この老婆が、シモン少年が失踪したあと、ラウラとカルロス夫妻の前に姿を表わすシーン。あれ、この状況でこの老婆を登場させることに、なんの意味があるのかな?とか考えていると、突然、猛スピードで突っ込んできた救急車?に轢かれてしまうのである。確かに救急車なら交差点に突っ込んでくることはあるかもしれないが、でもサイレンも鳴らさずに?とか、患者を乗っけてて事故を起こしちゃまずいんだから慎重に運転してるはずでは?とか、人を轢いてるのに運転手やら同乗者が出てこないのも変だし、てかこれほんとに救急車?とか、そもそもそれ以前に私としては、このあまりのタイミングのよさに、思わずウケてしまい、大笑いしてしまうのである。だから、周囲の野次馬の表情が、この老婆の死んでしまったことを見て取っているにも関わらず、老婆が突然ガバッと手を動かし、ラウラの腕を掴んでも、ちっとも怖さを感じない。より小規模な笑いが生まれるだけである。

 ああ、ほんとにこの手の映画の楽しみ方(怖がり方?)がわからないのだ。誰かわかる人がいたら教えてほしいほどである。

 ラウラが霊になることで、子供たちの霊が安らぎを得るという、主人公が死ぬにも関わらず優しさを感じさせる、捻りの効いたいい映画である、とは思う。

75/100(09/05/24見)

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)けにろん[*]

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