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[コメント] フロスト×ニクソン(2008/米)

映像の力を正しく理解しているロン・ハワード。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この映画に欠点があるとすれば、登場人物達の動機、中でもフロストの動機がいま一つピンとこないというか、描き方が丁寧ではないように思える点だと思うのです。 しかしそれは、こちらの読み取り方の問題で、むしろその描き方にこの映画のキモがあようにも思えるのです。

彼は「アメリカでの成功」ということを口にします。 それはもちろん本音でもあったでしょう。 ですが真意は、ニクソンがホワイトハウスから去るニュース映像を見つめる“表情”に込められていたように思えるのです。 そして、その真意は決して言葉で語られることはないのです。

同じことはニクソンにも言えます。 彼の口から謝罪の言葉は聞かれません。 あるのはその“表情”なのです。

例えば、初めてニクソン邸を訪れるシーン。 飛行機内でナンパした女性を同伴するのですが、彼女の素足と(背中の大きく開いたドレスの)背中から登場させ、それを見るニクソンの表情を抜きます。 背中の大きく開いたドレスというのは、ヒッチ先生が『めまい』のキム・ノヴァク登場シーンで“女性”の表現に用いていますが、本作も確実に“女性”の登場を意識的に描き、それをニクソンが目にするという描写になっています (単なる恋愛描写なら、こうした念入りな描写は機内でやるべきだ)。 この念入りな描写で、女性同伴がフロストの作戦であることが垣間見えるのです。 まさか色仕掛けということはないでしょうが、女性が一人いることで和やかな初対面を狙ったのか、フロストくみし易しと思わせたかったのか、やはりここでも真意は語られることはありません。

(さらにこのニクソン邸では、小切手の受け渡しの視線を巡って、金の出所を“推測する”というシーンまであります。)

この「本音」を引き出す攻防の映画で語られる数々の“言葉”は、そこに真意が存在していないのです。 例えば関係者の回想などで語られる“言葉”は、単に状況でしかありません。 真意を語らず、映像でのみ表現可能な“表情”に込めることで、テレビのインタビュー番組という設定を“映画”で描く意味をロン・ハワードは正しく理解していると思うのです。 (これ、日米ともに舞台化されるそうだけど、どうなんだろう?)

実際、ニクソンのエージェントはこんなことを言います。 「相手の本気を知るには、夜中か週末に電話する」と。 要するに、言葉ではないのです。

ニクソンは、イタリア製の靴を「欲しい」とは一言も言いません。 ニクソン陣営は誰も、このインタビューに「負けた」とは口に出しません。

そして、この映画が単なる“善悪二極論”の物語に終わらなかったのは、「政治家たるものかくあるべし」という呪縛から解放されたニクソンの“表情”にあるように思えます。イタリア製の靴をプレゼントされた時の表情は、政治家の呪縛と靴紐の呪縛からの解放だったのに違いありません。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)Orpheus 煽尼采 甘崎庵[*]

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