[コメント] 劔岳 点の記(2008/日)
要は、「山」よりも「人」を捉えることに専ら意識が注がれているのだ。会話が途切れなく続くシーン構成や、周りの空間より人物に寄りがちなショットも、全てそうした制作姿勢の結果だろう。
鑑賞中、ガス・ヴァン・サントの『ジェリー』が脳裏に浮かんだ。本作は、実際に山に登って撮影する苦難に挑む勇気はあっても、ただ黙々と歩き続けるシーンや、何も為し得ないままただ足止めを食らい続けるシーンを撮るといった「演出」の勇気や知恵は、無かったのだ。そのせいで、一行が踏破すべき道程の長さや、吹雪に視界を奪われて閉じ込められる恐怖が感じられない。吹雪のシーンでは、黒澤明の「雪あらし」(『夢』)も脳裏に浮かんだ。僕は特に好きな作品ではないが、やはり演出家の格の違いというものがあるのだと改めて実感する。
更には、一行の視点から山の高低差や広がりといった空間性を見せるショットも工夫されておらず、大自然の中に黒い点のように人が見える、といった外側から眺めたショットくらいしか無い。高低差が感じられなければ、そこで転げ落ちることへの恐怖や緊迫感も生じ難い。役者の演技などで何とかなると考えていたのなら大間違いだ。
時折挿入される動物たちのカットも意味不明。これは、鹿や猿の鳴き声を、エコーをかけて響き渡らせる音響演出や、鳥が山並みの上を滑空するショットなどで、空間演出を試みるのが常道だろう。「山」より「人」に焦点を合わせすぎ、却って、山に挑んだ一行の艱難辛苦が充分に伝わらない。
実際の撮影現場でスタッフの役割分担がどういう状態になっていたのか知らないが、エンドロールの、誰が何の為に働いたのか示さず十把一絡げに括っていることにも、何か嫌なものを感じさせられた。
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