[コメント] ゴールデンスランバー(2010/日)
非血縁部族社会で、法の実効が望めない場合、何を以て信頼が成り立つのだろうか。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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この問題意識に対して、たとえば、柄本明は公に対抗する狭義心をもって応える。それは、属人的であるがゆえに根拠に不安を覚える代物ではあるが、同時に、その広汎さは彼のドラえもん性を担保もする。このドラえもん性は、何事も可能であるがゆえに、緊張を弛緩させるものの、話は人情劇を目指すから、スリラーの堕落は問題とはならない。より厄介なのは、この話が、血縁部族社会に対するアンチテーゼを指向することだ。柄本の狭義心を煽った巨悪は、作品が憎む血縁部族社会をはるか昔に破壊した張本人そのものなのだ。ここで話は循環してしまう。ゆえに堺は、ゆるやかな連帯の中に埋没し、孤立することで、この循環を超える価値観に導かれる。
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