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[コメント] OL日記 濡れた札束(1973/日)

戦前生まれ旧世代、適齢期過ぎの女性の生き辛さが滲む。堂下かずきのスカタン振りも賀川修嗣の人情も全部哀しい。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







作劇は現代と過去の往還。銀行員の中島葵は結婚適齢期を逃して、結婚式の二次会で若い行員たちに当時のオールドミス的嫌味で大笑いされたりしている。同窓会でも既婚者ばかりで居心地悪く、彼女らの話題は「亭主の浮気と子供の知能テストの話ばかり」と語られている(知能テストって何だろう)。性生活は上司にホテルでいやいや抱かれた切り。

織田裕二似の二枚目タクシー運転手堂下かずきと偶然再会して同衾して、「見かけよりずっと知っているんだね」と悦ばれて性に目覚める。ずっと年増メイクの中島は、堂下に抱かれて悦ぶソフトフィルターかけたアップだけ、とても美しく撮られる。

堂下はトラック持って独立したいと語るが、中島の貯金100万円は競艇で使い果たす。田舎へ帰るとゴネる堂下のために伝票偽装で横領。薄紙に印影写し取って伝票に擦りつける手口が再現される。札束渡すと堂下は強気になり、「銀行のお金よ、必ず返してね」「俺は博才があるんだぜ」と脈絡のないスカタン会話にも中島は調子を合わせてしまうのだった。後は坂道を転がり落ち。競艇場にまで来て札束渡して「あんたも変わっている」と笑われ、見つかったと知って逃げて死のうと云い寄る中島から去る堂下は「うまく逃げろよ」と爽やかに捨て台詞を残すのだった。彼は先に捕まる。

現代篇では中島は大阪潜伏、偽名使って日雇いらしい賀川修嗣との同棲。中島は大阪名物盆暮れパーマ(実際は整形したらしい)。この大阪編はしっとりと描かれる。賀川がいい人物で、どこから来たか尋ねても答えない中島に苦労したんだなとだけ云う。逮捕されて中島は置手紙書き、それを読む賀川のカットがエンディング。こんないい人に先に出会えない不幸が滲んでいた。ここも実話なんだろうか。

歴代首相の演説など挟む時事性は大したことはない。ただ、中島が銀行で犯罪のためひとり残業していると支店長がやって来て、コンピュータに任せるのが怖いから全部帳簿つけていると中島が云うと、お互い昭和ヒトケタは苦労するねと応えられるのが印象的だった。アプレ的犯行はここでは虚無的なものではなく、戦前から急変する職業観や結婚観について行けなかった結果だと示されている。オトコに尽くして裏切られるのは戦前も戦後も変わるまいとも思わされる。実際の犯人は1930年生まれ。

映画では家庭は母親が結婚に対して抑圧的らしく、姉の絵沢萌子は生け花や読書ばかりの生活、後には部屋に死んだ亭主なのか軍人の遺影が飾られる。彼女は敗戦直後に中島に「死が美しかった時代は終わった」と語り、ミシマ事件に共感したように取れる件もあるが、肉付け不足でよく判らないのが残念。時間不足で切られたのだろうか。

賀川が雨の日に土鍋に入れてヒヨコ持ってきて、温めれば成長が早いと段ボール箱に電球差し込んで灯し、すると三カ月で大きくなって体躯は白くなり赤い鶏冠がうっすら生えてきて、中島はこれを気味悪がる。序盤にあるこの断片がひどく印象的。彼女は生々しい生と性を嫌がる人で、これが晩婚の原因と伝えているのだろう。

冒頭、最近起きた事件を題材にしたフィクションと字幕。題材となった「滋賀銀行9億円横領事件」は、日本の銀行で起きた今でも史上最高額横領事件。『紙の月』も同じ事件を題材にしているらしいが物語はずいぶん違う。清張も小説「黒革の手帳」で取り上げた由。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ぽんしゅう[*]

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