[コメント] クレヨンしんちゃん 超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁(2010/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
たとえば、『クレヨンしんちゃん』にも影響を与えているに違いないヒット作に『がきデカ』があるが、主人公はその破天荒さと下品さゆえに支持され、数十年後、中年サラリーマンとなった続編が描かれた。しかし掲載誌が大人向け雑誌だったためか、かつての変態少年は奇行を見せるものの常識をわきまえた小市民として描かれた。別にファンではないからいいといえばいいのだが、随分つまらない漫画だな、とその当時思ったものだ。
同じ意味で、『ドラえもん』の映画化作品や後日談を自分は食わず嫌いでスルーしている。というか一作ぐらいは観たような記憶があるのだが、登場人物の性格が変わっておりいかにも泣きを誘うつくりであったこと、大嫌いな武田鉄矢が偽善的な曲で締めくくっていたことなどが耐えられなかったように記憶している。正直自分はギャグ作品としての『ドラえもん』に馴染んでおり、そこに主人公の成長など持ち込んでほしくなかったのだ。
ここで不謹慎な発言をする。臼井儀人は作品至上主義で言えば「死に時」をわきまえていた。
おかげで作品は堕落しなかった…中年になって満員電車に揺られながらささやかな大人の幸せに満足するしんのすけは描かれることがなかった。青年漫画誌に掲載された作品である以上、描かれる可能性がなかったとはいえない姿を、だ。そして作品は外部スタッフに受け継がれ、横手美智子によってオマージュ色の色濃い、大人になってもイカす破天荒青年であるところのしんのすけが描かれたことで、この作品は臼井を正統に受け継ぐ存在となった。はっきり言ってひろしやみさえの行く末はあれでいいし、カスカベ防衛隊の面々も妙にそれらしくない成長を遂げていない、という意味でいい。あくまでこれはしんのすけという永遠のトリックスターの物語である。その一点だけは絶対に外してはならないことだ。それを描いてくれた横手、ひいてはしぎのあきらは充分に義務を果たしたといえるし、もう何作シリーズが受け継がれてもよくなった。
赤塚不二夫の名文句「これでいいのだ」が公共広告機構の啓蒙CMに利用される時代である。せめてしんちゃんくらいは、親達の内なる不安を常に刺激する永遠の悪ガキであって欲しい。
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