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[コメント] ザ・コーヴ(2009/米)

これは多くの日本人に観られるべきであり、その機会を阻んでいる団体は愚かだといわれても仕様がない。むしろ、「これは日本バッシングではない」と広言している人々が、図らずも日本悪玉論に加担している事実を知らしめる有効な機会であるのだから。
水那岐

自分のことを言えば、イルカやクジラの漁が禁止されても何ら困ることはない。それは単にクジラ肉は不味いと思っており、豚や牛肉の方がはるかに好きだからだ。雁屋哲センセイには「それはお前が旨いクジラ肉を食ったことがないからだ」と怒られそうだが、少なくとも昭和の学校給食で出された「クジラの竜田揚げ」は懐かしくもなければ今更食いたくもない。ゆえに「クジラは日本の食文化だ」などと言っている人々にも「本気でそう思ってるのか」と幾分眉唾で接していたのは事実だ。殺したクジラの霊はちゃんと慰霊している、なんていうのもアニミズムを信じる者のみに通じる言い分であるし、全身無駄なく利用している、という理論もナチスがユダヤ人の髪の毛からカーペットを作ったり、脂肪から石鹸を作った事実を欧米人に想起させるのではないか、と心配させられたものだからだ。

しかし、である。そういう鯨食文化に冷めている自分からしても、これは善玉悪玉二分論でしかなく、明らかに捕鯨に命を賭けている地方の人々を貶めるものだ、ということははっきりと判った。この作品では明らかに、イルカ漁は政府が国民に実情を知らせずに行なわせている秘密の金儲けであり、それを世界に知らせようとすれば命を狙われるトップシークレットのように語られているからだ。そんな事実はないし、ヤクザまがいの人々を使って漁を進めているような現実もあるわけはない。スタッフが漁民に怒鳴られるのは、自分たちの生業を故意に妨害されている以上当たり前のことだろう。

さらにスタッフは、ことさらに入り江が血に染まる場面を長々と写す事によって、憤りが抑えきれない自分たちの気持ちを訴えるが、このあたりは牧畜民族のメンタリティからは意外な反応だと思わされる。欧米の牧場では牧夫達が家畜を屠殺し、腹を割いて血を抜いたりするのは普通の情景ではなかったか。むしろ日本人のほうがそうした行為への嫌悪は拭い難く、それゆえに部落民の人々にそれらの作業を押し付けて「血の穢れ」から無縁であろうとしていたものだが…。

もっと骨のある議論を彼らには期待していたのだ。例えばこの作品で言えば、海の食物連鎖の頂点にある鯨、イルカの肉には大量の水銀が蓄積されており、それらを知らせずに国民に食べさせるのは危険な行為である、と訴えるくだり。その真偽は自分は知らないが、別段クジラ、イルカ肉食文化を政府が国民に押し付けている事実はありはしないし、まずはイルカありきの議論であるからして苦しい言い訳のようにも聞こえる。イルカとの会話を共存の必然理由とするならその成果がまず発表されるべきだし、古いSFなどで見られた「人類の滅びた後、地球に新たな文明を築くのはイルカだ」というような物語を敷衍しているだけなら説得力はない。

ちょっと変な方向に話がいってしまったが、自分がこの作品をリクエストしたのは「言論の自由」への妨害の危惧からだった。そういう意味で妨害は日本への信用を国際社会への反発で一気に落とす愚行であり、上映は無事為され、その上で反駁は行なわれるべきだと思っている。この作品に自分が期待した客観性、説得力が歪められている事実を知った上なら尚更だ。日本でこの作品に触れた人に、この作品のサスペンスの評価、即ちエンターテイメントとして一級品であるとの擁護があったのだが、見た上で言うがそこまで知識のある観客を味方につけられるテクニックはなかった。だからこそ反論は容易だろう。捕鯨擁護論者は、ここにあるセンチメンタルな非難に対し、あくまで理論的に応対して貰いたい。アニミズム日本論は、残念ながら自分の見る限り逆効果だ。「汚染されているか否か」と「絶滅危惧種であるか否か」が反論すべきポイントだろう。

(評価:★1)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)MM[*] PaperDoll 大魔人

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