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[コメント] パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉(2011/米)

デップ観てにやにやしたい人限定になっていた。何やってんだマーシャル?
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 これまでの3作ではオーランド・ブルーム、キーラ・ナイトレイ、ジョニー・デップの三人が主役であったが、その内の二人が抜け、どうなる?という心配はよそに大ヒット暴進中である。

 結局主役は3人いるといっても、ほとんどすべてをデップに負っていたという事実をはっきりさせたわけだが、でも実は私はこれは改悪のようにしか見えなかった。

 大きな意味合いとして、デップ演じるジャック・スパロウの立ち位置というものがある。

 シリーズを通して、彼は何を考えてるかよく分からないし、しかも気分によって態度をころころ変えるので、周りの人間をとかく混乱に陥らせる。

 この立ち位置はトリックスターである。そしてトリックスターが最もその役割を果たせるのは、主人公側にまともな人間を配置することによる。

 これまでの3作は主人公は3人いるとしても、その視点はデップではなくオーリー演じるウィルの方にあった。彼がまともな役をやってるからこそスパロウの無茶苦茶さが楽しくなっていくのだ。しかもウィルはどんどん逞しくなっていくため、1作目、2作目、3作目とスパロウはぜんぜん変わらなくとも、それを見つめる主人公の視点が変わっていき、スパロウの奇行がすべて新鮮に思えていた。

 で、4作目となる本作は、スパロウ本人が単独の主人公として演じている。これはつまり奇行をしてる本人が主人公なので、それを諫める立場にいる存在がない。だから、いくらスパロウが奇行をしても、主人公側に立つと、なんかそれに意味があるような気になってしまう。せめてあの宣教師にその重みを受け止めるだけの器量があれば良かったんだけど、スパロウとほとんど接触らしい接触がないため、存在自体が無意味になってしまった。

 この結果、無意味な行動が無意味に見えなくなってしまう。これがどれだけスパロウの魅力を減らすのか、脚本は分かってるのだろうか?しかもその行動の大半は事実ちゃんと意味を持っているので、無軌道な行いになってない。

 それで一番残念だったのは設定面。折角「生命の泉」なる魅力的なアイテムを用意してながら、それが上手く機能してないようにしか見えなかった。その時代の人間にとって、「生命の泉」がどれほど求められていたのか、それにまつわる人々の行動があまりに画一的で、別段なんでもよかったんじゃないか?という必然性がないし、最後にスペイン人がした行いも設定を丁寧に描かなかったために説得力に欠ける。更に黒ひげが何故あんな魔法を使えるのか、それが簡単に受け継がれるのか、その辺もほとんど説明がなく、銀の杯と人魚についても必然性が薄い。バルボッサにしても、何故王室と手を結んだのかも過程が全然描かれてない。

 アンジェリカが何故そこまでして父の寿命を延ばそうとしているのか、その行動原理もぼんやりしてる。本作で重要なのは信仰と信念を描くことのはずなのに、その描写がほとんど無いのは、説得力を放棄してしまったとしか思えない。

 演出面に限っては良い部分がたくさんあるのに、肝心の部分で手を抜いてしまっては魅力を存分に伝えることができない。

 作りとしては褒められるものではないが、『デッドマンズ・チェスト』(2006)と『ワールド・エンド』みたいに最初から二分割して作るべき作品だったのかもしれない。それでも客は絶対に入ったよ。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)Walden[*] Orpheus[*]

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