[コメント] 生き残るための3つの取引(2010/韓国)
どこかで見たような、聞いたような話ではある。しかし暑っ苦しい顔したおっさんたちが己の意地と面子と欲望に忠実に、暑っ苦しくがっぷりよつの攻防を繰り広げる様は見応えがあった。
いやもううれしくなるほど悪い奴らばっかりでなかなかに爽快。さらにこれでもか、これでもかという程の皮肉な展開、結末が続き、飽きさせない。
いろいろとどこかで見たような物語で、仲間である部下、同僚のために出世を目指しやばい仕事に手を染めた挙句の結末は、なんだか『ゴッドファーザー』みたいな皮肉さを感じさせる。
それにここまで表社会(検察)と裏社会(ヤクザ)とその最前線(警察)が己のことばかりを考えて、絡み合って悪いことをしている姿をストレートに描かれると、きっと世の中こうなんだぜ、と妙なワクワク感さえある。
見終わって真っ先に思い浮かんだ映画は深作欣二監督の『県警対組織暴力』という1970年代の東映の暴力団モノ(といえばいいのかな?)。後それに、山本薩夫風味をつけ加えてスケールアップを図ったみたいな感じだろうか。
と、ここまでの最初の感想をまとめてから、しばらくは何だってこんなに「県警対組織暴力」が思い浮かぶのだろうか?と疑問ではあった。だがふと思いついた。映画として似てるとか、物語の展開が似てるとかではない。そもそもの土台がそっくりなのだ。
急速な経済成長があって、そこから生まれる巨大な経済利権。この利権をめぐって、裏社会では新旧勢力同士の対立と抗争の激化(あるいは地回り対全国組織の対立)がある。一方で、社会の混乱期を経て、権力体制・官僚機構・警察組織というものが整いはじめ、それらが強大な力を持ちはじめている。ところが、それぞれの末端、最先端にいる者には、それらの利権とか強大な力とかのホンのおこぼれ程度しか回らず、日の目を見ることはない。
この構図は、60年代後半から70年代にかけての日本のヤクザ映画とか社会派映画の土台となった構図そのままではないだろうか。だからこそ、個々の部分では異なった点はいっぱいあっても本作は限りなく「県警対組織暴力」にそっくりなのだ。
本作の主役であるチェ・チョルギ刑事ファン・ジョンミンは地元署で暴力団担当をしている菅原文太であり、大手で古株の建設会社と癒着しながらも絶えず上位に立ち続け権力を誇ったチュ・ヤン検事リュ・スンボムは所轄刑事を見下す県警エリートの梅宮辰夫であり、モンモン背負ったヤクザのチャン・ソックユ・ヘジン社長(余談だが若いころの渥美清に似てた)は時代の波に時に便乗しようとし時に抗うヤクザの松方弘樹なのだ。
こういう構図を土台に暴力映画をこれだけうまく、暑っ苦しい役者の魅力を引き出して撮り上げたリュ・スンワン監督は、まちがいなくタランティーノよりもストレートに深作欣二に迫っていると思う。
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