[コメント] マネーボール(2011/米)
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セイバーメトリクスを基に、ビリー・ビーンが用いた選手の評価基準はもっと複雑なのだが、そこに踏み込まず打者については「出塁率」に絞り、投手については変則投法の選手を評価する事だけを提示してあまり野球に詳しくない人でもわかりやすい形でストーリーを転がしたのは賢明な判断だろう。もちろん、野球を知っている観客にしてみればここは不満の対象にもなりえるし、個人的に不満を抱かないでもないのだが、ここで詳細な理論を語りだすとカルトムービーになってしまう危険が強く、これぐらいの方が良いと思う。
ただ、理論に踏み込まず人間に踏み込もうとするなら選手の扱いをもっと丁寧にすべきである。まず、キャッチャーであるにもかかわらずファーストとして獲得するスコット・ハッテバーグの扱いがあまりよろしくない。彼は春季キャンプから守備に不安を抱えたままシーズンを向かえ、その結果監督に冷遇されるという流れで描かれている。こういった流れであれば、守備で結果を残すという描写がどこかに必要だったと思う。本作の中で彼が結果を残すのはアスレチックスが20連勝を決めたときのサヨナラホームランであり、それは葛藤の解決に結びついてはいないのではないか。事実がそういう事なのかもしれないが、入り口と出口が異なっても結果オーライ的な扱いをするのは感心しない。
また、デービット・ジャスティスの扱いも微妙である。ワールドシリーズの経験者としてチームを引っ張ることを要請しながら、その面での扱いはハッテバーグに「頑張れ(大意)」と言うシーンだけではぞんざいに過ぎる。外野手というポジションからプレー中に指示するのは難しいにしてもベンチで何らかの指示を出すとか、それこそハッテバーグが代打で出て行くシーンで何らかのアドバイスをするとかやり方はあるはず。人を描きたいのであれば、この辺りに時間を割くべきだったのではないか。(実際、成績上では活躍していないので仕方ない扱いとも言えるが)
最後、本作最大の欠点だが、カタルシス不足なのである。ビリー・ビーンは2011年現在もアスレチックスでGM職に就いているが、在任中一度もワールドシリーズはおろか、リーグチャンピオンにもなれていないというカタルシスという意味では致命的な状況にある。したがって、ノンフィクションに近い作りをするという前提上、最大の盛り上がりを先にあげたハッテバーグのサヨナラホームランシーンにせざるを得ず、劇中の台詞である「最後に勝たなければ意味がない」を地で行く羽目になってしまった。ここを解決するには、本作の世界全体を仮想世界にするしかなくそれは無理な相談だったのであろう。題材上、どうしようもないとは言え、この事が本作の印象を「地味」なものにしているのは間違いがない。
その中では、良くやったと評価出来る。しかし、本作の方針がベストだったかという論点であれば、疑問が残ると言わざるを得ない。
(2011.10.30 TOHOシネマズ六本木ヒルズ@東京国際映画祭)
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