[コメント] ワイルド7(2011/日)
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レイティングの制約でなんだろうけど、全体に子供向けな仕上がり。終盤撃ち合いになる警官同志、ショッピングセンターでの一般市民に、死者はおろか怪我人の姿もほとんど見せないというようなこともあるが、それより感じるのは、悪がちっとも執拗でいやらしい感じがしないのが大きい。設定的には権力の中枢に潜む「救いようのない闇」という感じが成立してなくもないので、演出家がその気になれば、正義が踏みにじられ観客がもっとストレスを感じるように作ることも可能なのに、あえてしていないというか。絶望感を味わって観客側に「殺しもやむなし」という気にさせてこそのワイルド7登場ってなっていかないと。
草波とワイルド7抹殺という展開になって、ワイルド7が徒手空拳で国家権力に立ち向かわなければならないのか、とちょっと期待したら、結局検事総長がよき理解者となっちゃうし。実際草波と検事のたった2人の反乱なんだけど、その周囲の政治家、警察組織という巨大の圧力を描かないから、ワイルド7は国家のバックアップで戦っているように見えちゃう。なんか別に死刑囚の警官とかでなくてふつうのエリート警官でいいじゃん、という気になってくる。誰にも理解されない、それでも自らの信念のために戦う、という文法どおりになぜやろうとしないのか? もうそういうのは現代では流行らないのか?
70年のヒリヒリした時代で生まれた原作を知っている身だと、万事どこかで救いがある物語は、どんなにアクションが派手でも燃えない。原作がこうだからこうじゃなきゃいけない、という論評は野暮かもしんないけど、セカイの最期も、あそこで娘と最後の別れをしてから力つきるのではなく、娘に会える直前、もしくは娘の見ている前で無残に殺される(娘はセカイが自分の父であるということはもちろん知らず、自分を救うために死んでしまった一人の警察官としてしか見ていないままだ)っていうくらいでないと、原作ファン、あるいは70年代劇画育ちの人間は満足しないのではないか? いや、原作ファンが一番納得しないのはバイクと銃火器の描写におけるメカニック的な拘りだな。せっかくキャラクターごとにチューンナップしてるわけだから、バイクの排気音だけで飛葉ちゃんが助けにきた!っていうのがわかるっていうような描写が欲しい。
それにしても、あのエンディングのNGテイク集というか、オフショットは何の意味があるんだろう? 悪人とヒーローが一緒にエグザイルをやってみせることで、だれか楽しくなるのだろうか? せっかくいままで観てきた悪党とヒーローの戦いはすべて「お芝居」ですって言うのは、フィクションへの冒涜、本編の物語を信用していない、ってことじゃないのか? こういうこというと「前の席のおっさんがうるせ」って若いカップルにネットであげられちゃうかも知れないけど、これについてはまったく自分は理解不能。
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