[コメント] ウェイバック 脱出6500km(2010/米=ポーランド)
映画とは何か。映画という手段で国家を知ることもできる。人類の歴史をつぶさに見ることもできる。そして大自然を超えた人間たちの偉大さ、能力そして友情という愛の強さをつぶさに見る。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
狂的な国家体制のもと、人類はあっけなく殺戮の歴史を選ばされる。それは大国であれ、小国であれ皆一緒だ。勿論現代でもそれは続いている。人はそれらを知りたくないがゆえに無視することもできるが、知らねばならない歴史に目を隠してはいけないこともある。
このシベリアと言う死の山において、日本人も過去何10万人も収容されていたのは皆知っているはず。けれど何も知ろうとはしない。図らずも西側の資本で、しかも並々ならぬスター動員の上、この見事な、自由への闘いは過酷な撮影を背景に映像化された。
人間劇である。どうせ死ぬのなら自由の中で死にたい。胸に来る。
逃避行で、女性が一人加わるまでは男どもは自分の身の上を話さない。ここが面白い。女性一人が彼らを融解させていく。しかしその女性も途中挫折してしまう。
6500キロと言うと、東京・大阪5往復ぐらいか。しかも平坦な地形ではない。酷寒の地ツンドラ地域であり、水もない砂漠地帯もある。しかも最後はインドに渡るため8800メートルのエベレストを越えなければならない。考えただけで気の遠くなりそうな壮大な逃避行に、6人の男と1人の若き女性は挑戦する。
この話が事実ということでさらに驚く僕の前に見えてくるのは、国家という亡霊のような存在であった。国家とは何か。一人の個人と国家。それを映画から教えてもらう現代人である我々。ただ見るだけでいいのだろうか、、。
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