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[コメント] 009 RE:CYBORG(2012/日)

傲慢な言い方で悪いけど「その意気やよし!」と言うしかない。009古ファンの自分には本作はまるで退屈だったけど、この監督は(なぜか)それを敢えて選んだ節がある。
YO--CHAN

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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最後、ミサイル上にテレポートされるシーンをわざわざ入れる必要はなかったと思う。この監督は敢えてそれをやり、ご丁寧にも001に「しばらくテレポートはできない」などと言わせる。「ほら、原作のヨミ篇のラストとは違う事をやりますよー」と言わんばかりだ。その後の展開と一人演説には脱力だったけど、ここまで(原作ファンに対して)挑戦的な展開はないだろう。原作のあの「流れ星」に至るシーンは、石ノ森章太郎の全作から見ても一、二を競う程の名シーンだったのにと残念だ、何のための009なんだと思う。(もう一つはキカイダーの・・・)

 第一、なぜ002が諜報部員になって007と政治談議をするのか。009達が009なる所以は、違う国籍を背負いながらも、アウトサイダーである事だと(勝手に)思っていたのに。強制的に「戦争の為の商品」にされ、何とか人間であろうともがいていた彼等が、あんなになっちゃイカンと思うのだ。監督にとって小うるさいだけかもしれないが・・・

 003にも違和感がある。まるでLの様に、沢山のモニタを超視力で見つめ、自動アーム上で的確な指示を出すなんて003じゃない・・・と思う。ホントに勝手な思い入れだが、003は片隅で怯えた目に真相をいち早く見てしまい「ま、まって」と口走ってしまう様なとこが、兵器、兵士じゃないんだと思う。(あと細かいことを言うけど、やっぱり正義の味方が黒い下着はないだろうw)

 ここまで思い込みが進むと、「009を置いて003だけが18歳になった」というのもそれに続くR指定なシーンへの映倫対策かなどと思えてくる。あのシーンにしたって、通常なら絶妙のタイミングでギルモア博士からの無線が入り、「た、大変じゃ!001がついさっきとんでもない事を見つけ(略)」などと余計な事をいってくるのが「基本」だと思うのだ。

 監督から見れば「どうしてそこまで原作にこだわるの?」「新しい009を見たくないの」と思うだろう。当然だが、それはそれとして逆にこちらからは「どうしてそれを009でやるの?」と思うのだ。かつて押井監督が超有名アニメ作品の名を借りて、どこか違う名作「ビューティフル・ドリーマー」を作り上げた際も、原作キャラクターの人格だけはそのままだったのに・・・

 やろうと思えば原作の延長作も出来たみたいなのだ。最後のベニスっぽいシーンと幾分ごまかしの入った結び方は、まさに石ノ森章太郎の(後期の)ノリで、「やればこういうのも出来たが今回は違うよー」といわんばかりだ。

 こんなうるさいファンがわんさかといるのに、信犯的に原作を外す事・再構成に着手した監督。本作は我々レガシーなファンに対する「re:」だったのだろうか・・・やはり「その意気やよし!」と評価するしかない。

あと、音楽・編曲はよかったと思います。

(評価:★3)

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