[コメント] 風立ちぬ(2013/日)
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この作品、宮崎駿監督の夢を凝縮して、その上澄みを掬い取ったような作品で、何とも魅力的だ。冒頭のシーンから一気に作品の世界観に引き込まれ、全編を通じて空を飛ぶこと、飛行機に対する情熱が溢れ出ていたように思う。
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ただ、戦前を舞台に、飛行機作りに打ち込んだ人物を描くからには、どうしても避けて通れない二つのジレンマがある。一つは、夢の実現(≒仕事)が結果的に戦争遂行に加担してしまうという矛盾、もう一つは、夢の実現が奈穂子との時間の共有の障害になってしまうという矛盾。私には、このいずれの点の描き方も物足りず、力作であるだけに画竜点睛を欠いていたように感じられた。
まず、奈穂子との関係について言えば、当時不治の病とされていた結核の奈穂子と一緒に暮らすことは、彼女の寿命を削ってしまうことを意味し、それは二人ともわかっていたはずだ。名古屋で一緒に暮らし始めた二人が、今を大切にしたいという趣旨のことを言っているから、覚悟はできていたのだろう。ここまではわかる。
ただ、二郎が仕事を取るか、奈穂子との生活を取るかという点でもう少し悩み葛藤するような描き方はできなかったものだろうか。特に違和感があったのが、家で仕事をする二郎が奈穂子の前でタバコを吸うシーン。普通そのくらいは我慢しないか? 奈穂子に「ここで吸って」と言われ、素直に煙草を吸う二郎を見て、彼は奈穂子のことをどこまで考えているのだろうかと疑問を感じた。宮崎駿監督だからこそ、こうした細部にこだわってほしいところだ。
加えて、奈穂子の死が二郎とカプローニの回想の中で描かれていた点も物足りない。ここは、想い出のきれい事ではなく、もっと正面からしっかり奈穂子の二郎に対する気持ちを描いてほしかった。奈穂子は、自分の寿命を削ってまで二郎と暮らした訳で、それほど二郎を愛していたということだろうから。
もう一つ、飛行機作りと戦争への加担との間のジレンマについて。この作品は、反戦を強く唱える宮崎駿監督にしては、かなりあっさりとした描き方だったように思う。本庄と二郎が「俺たちは死の商人じゃないよな。美しい飛行機を作りたいだけだ」「そうだな」といったようなさりげない会話は出てきたが、彼らにももっと葛藤があったはずだと思う。いくら夢を追う前向きな話であっても、もう少しその葛藤を描いてほしかった。それには、まとまったシーンなど不要で、もう二言三言の印象的な台詞で十分なはずだ。『となりのトトロ』で「夢だけど〜」「夢じゃなかった!」といった短い子供の会話だけで多くのことを語った宮崎監督なのだから。
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この作品、全体としては楽しめたが、上述のとおり描き方がさらっと薄く、やや物足りない面があったため、戦争や関東大震災、さらには奈穂子との愛までもが、主人公の夢を追い求める姿を描くための背景でしかなかったかのような印象になってしまった感があり、そこが残念だった。
ただ、その点を差し引いても、空を飛ぶことを魅力的に描いた世界観、二郎と奈穂子の一途な生き方、黒川夫妻の不思議な存在感などの魅力もそれ以上に多く、印象深い作品だったと思う。
なお、私はずっと宮崎監督は大人の女性を描けないと思っていた(『ハウルの動く城』のレビュー参照)が、これは撤回したい。本作では、二郎と奈穂子の愛は、言葉少なながら実に巧く機微が描かれていたように思う。
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