[コメント] クロニクル(2012/米)
どんなに破壊を行っても、感傷とアクションを幸福に出会わせる文化祭の大道芸には、映像のテクニカルな面でも、まるで及ばない。そもそも、なぜあのような破壊が行われつつあるのか、修羅場の最中で我に返るほど、大友克洋をやる必然性がよくわからない。
家庭の貧困問題の解消も童貞性の克服も、すでに大道芸の延長線上に見えているのだ。破壊をやる必要性がないのである。
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