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[コメント] 名探偵ゴッド・アイ(2013/香港)

確かに私は『盲探』を見に来たはずだったが、しかし今まさに上映されつつあるこれは東山紀之喰いタン』のリメイクではないのか。という疑念が生まれてしまうほどジョニー・トーの食道楽ぶりはますます激しさを増し、ますます機能的でない(物語に回収されない)食事がますます映画を豊かに彩っている。
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**ネタバレ注意**
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そこいらの作家であれば一〇年に一作撮れれば御の字という出来の映画を毎年のごとく世に送り出すジョニー・トーは、彼にとっては異例の長尺作となる『名探偵ゴッド・アイ』にも、その上映時間の長さに見合った膨大な量の(そして驚嘆すべき質の)アイデアを詰め込んで、さも涼しげな顔で傑作に仕上げている。

まずはアンディ・ラウの造型が決定的に新しい。ジョニー・トーのことだから盲人キャラクタを創造するにあたって当然『座頭市』シリーズ程度は念頭にあっただろうが、このアンディ・ラウほど白杖をせわしなくノイジーに操る盲人はおよそ映画で見かけた記憶がない。またこの白杖を「武器」として用いないというのも却って斬新なところだろう(女性連続誘拐殺害犯を仕留めるのは拳銃だ)。これに限らず、ジョニー・トーは自らが拵えた設定から常にほどよく自由である。というのはたとえば、アンディ・ラウは視力を失った代償に人並み外れて鋭敏な聴覚・嗅覚を得た、というようなお定まりの描写が見当たらない。また彼の捜査・推理の仕方(犯行現場を想像・再現する)も盲人だからこそ必要の度合いが強まりはしても、盲人ゆえに/のみに可能な方法では決してない。劇中の諸細部がことごとく「盲人」に焦点を結ぶような作劇は、脚本次元の完成度を高めこそすれ、必ずしも完成品としての映画の面白さを保証はしない。ジョニー・トーはそのあたりの映画特有の機微を完璧に知り尽くしている。

アンディ・ラウとサミー・チェンのコンビネーションはさすがに盤石で、ふたりの純情ロマンティック・コメディを縦軸に据えたのは思いのほか有効だ。素直すぎてアンディ・ラウから強いられる無理難題にもいじらしく挑むサミー・チェンは、不惑を越えてなお驚くほど可愛らしい(脚を負傷してドタドタ早歩きするさまはまるでチャールズ・チャップリンのようだ。カジノでラム・シューに喧嘩を売るシーンの素直すぎるがゆえの豹変ぶりにも大笑いする)。

このような笑いの絶えない展開にあって、その笑いを凍りつかせてしまうような猟奇性が不意に顔を覗かせるあたりも映画の幅をいびつに広げるのに一役買っている。思い返せばあの異形の傑作『マッスルモンク』なども同様だったはずで、これもジョニー・トー印ということだろうか。

(評価:★4)

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