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[コメント] あと1センチの恋(2014/独=英)

しあわせの隠れ場所』で見初めたリリー・コリンズナタリー・ポートマンアン・ハサウェイ(遡ればオードリー・ヘプバーン)系のノーブルに美しい面貌ながら表情筋を巧みに運動させて親近感も兼備するスターに育ったことを視認できて嬉しい。サム・クラフリンとも好相性だ(「白雪姫」カップル!)。
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いくらでも悲劇に傾けることができた物語であるにもかかわらず、最後まで喜劇の心を手放さずに踏ん張り続けたことが何と云っても喜ばしい。コリンズは主演を全うできる美人スターであるのみならず、コメディエンヌとしてのさらなる活躍も期待できる人材だ。「手錠で繋がれたベッドの柵を抱えて娘の登校に附き添う」などというシーンをきっちり成立させることは、プロフェッショナル・アクトレスであれば誰にでも可能、といった程度に簡単な芸当では決してない。妊娠・出産によって大学進学の道が断たれて育児と労働に追われる日々であっても、それがむしろ重苦しさとは無縁に綴られるのは「そのように脚本が書かれ、演出されているから」という以上に、コリンズの陽性の生命力に拠るところが大きい。

ところで、携帯電話やインターネット通信技術の普及によって、遠く離れた地にある人々が随意にコミュニケーションを取ることは一昔前と較べものにならないほど容易になっている。ここでもコリンズとクラフリンは大西洋を隔てても困難なく連絡を取り合うことができる。こと「映画」において、このような事態は往々にしてシーンの感情を損ないがちであるということを、制作年の古今を問わず映画を見る観客は経験的に痛感しているだろう。しかしそれゆえ、想い合う男女の決定的なすれ違いを「一通の手紙」に託した(時代錯誤的でさえあるかもしれない)作劇は私たちを動揺させずにおかない。あるいはそもそも「一回のキスの有無」を焦点として一〇年以上にわたる男女の関係の変遷を描こうという企み自体が、私たちの実生活を反映した「もっともらしさ」よりも、いかにもいかがわしい「映画らしさ」に根拠を置いている。

あと1センチの恋』が好ましく古典的なロマンティック・コメディであれるのは、そこに生きる人々の純情のためばかりではない。

(評価:★4)

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