[コメント] サンシャイン 歌声が響く街(2013/英)
後の昂揚を準備するところの悲劇が段取られているのではなく、たかが痴話喧嘩の類型が三種ほど取り揃えられているに過ぎない。二曲のキラーチューン“Over and Done With”“I'm Gonna Be (500 Miles)”を備え、そのブリティッシュ・サウンドが私の好尚だったとしても、これを積極的に愉しむのは難しい。
ミュージカル的幸福感が爆発するには至っていない。その窮極的な原因を思いきり乱暴に云ってしまえば、(エキストラ群を含めて)ここにミュージカルに適した被写体がいない、ということになるだろう。要するに、残念ながら彼らは「アメリカ人」ではないのだ。民族的には何をも指し示していないに等しいにもかかわらず、「アメリカ人」ばかりがどういうわけか難なくミュージカル世界を生きることができる。あのフィリダ・ロイド『マンマ・ミーア!』という失敗作でさえ感動的なシーンを持つことができたのは、その中心にアマンダ・セイフライドとメリル・ストリープという「アメリカ人」を置くことを忘れていなかったからだ。もちろん、アメリカン・ミュージカルの他にもミュージカル映画の傑作があることを知らないほどには私も蒙昧ではない。しかし、それは、「アメリカン・ミュージカルとの差分をどのように按配するか」という演出意識が貫かれた映画であるはずだ(これを書き記すにあたって私の念頭にあったのは、たとえばマキノ正博『鴛鴦歌合戦』やジャック・ドゥミ『ロシュフォールの恋人たち』です。また、私たちはその最新の成果を周防正行『舞妓はレディ』において目撃することができるでしょう)。
ただし、以上の暴論を覆さない程度に付け加えておくと、ダイアローグに限って云えば非米語的訛りの英語は私の大好物だ。ここでもジョージ・マッケイらのスコティッシュ・アクセントは常に私の鼓膜に愉快をもたらしてくれる。
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