[コメント] こわれゆく女(1975/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
ジーナ・ローランズの物凄い演技のおかげで大層な映画に見えてしまうのですが、お話自体は小品なんです。 夫婦水入らずで過ごすはずの夜が台無しになり、いろいろ色々本当にイロイロあった末、やっと夫婦水入らずでベッドインしてめでたしめでたし、というお話なのです。そんな話に145分も使っちゃいけないよ(元々155分あるらしい)。
大学時代の友人でカサヴェテスファンがいたが、彼曰く「『グロリア』は商業主義に堕落した作品。悪魔に魂を売った代物だ!『グロリア』は『ローズマリーの赤ちゃん』だ!」と言っていて、いや最後の方は俺の創作だが、「30分短くていい」などと言おうものなら「この商業主義に毒された獣めっ!おおかみこどもめっ!」と罵られていただろう。
59歳という映画監督として脂の乗った時期にこの世を去ったにもかかわらず「アメリカ・インディペンデントの父」と呼ばれ、信奉者も多いジョン・カサヴェテス。 即興演出に代表されるアンチ・ハリウッド的な制作手法が取り沙汰されることが多いが、私は(カサヴェテスに詳しいわけではないが)少し違う印象を持っている。
“アメリカをリアルタイムで切り取ろうとした作家”
彼の監督作はたいがい、過去でも未来でもなく、“今(当時)”のアメリカの“空気”を切り取っているように思える。 (時代劇やSFを制作するお金がないという問題もあったかもしれないけど)
例えば、この映画もそうだが、多くの監督作で“移民”を登場させる。人々の“孤独”を描写する。 この映画に関して言えば、正気と狂気の境界線などは曖昧である(むしろピーター・フォーク演じる旦那の方が狂ってるように思える瞬間さえある)。精神病院を扱った『カッコーの巣の上で』が制作されたのはこの翌年だ。精神病院で懲罰的に電気ショック療法が行われていることが社会問題になり始めた頃なのかもしれない。 周囲の人々の無関心と好奇心。下層階級の労働者。当時のアメリカの空気感。
たしか押井守が「映画は時代も国境も超えない」と言っていたが、ことにカサヴェテス映画は制作当時のアメリカを知らないと本当に理解できないんじゃないだろうか? この映画は間違いなく1974年のアメリカの空気を切り取っている。それを頭で分かっても皮膚感覚では理解できない。もしかすると、精神病自体が当時のアメリカ社会を象徴する“何か”かもしれないじゃない。
21世紀に生きる極東の民には皮膚感覚じゃ理解できないよ。 だって、世界マーケットのハリウッド映画を否定しているのがカサヴェテスなんだから。
余談
即興演出仲間(?)のゴダールがカサヴェテスを評価しているけど、二人の本質は似てるようでちょっと違う気がするんだよね。 二人とも映像の可能性を広げようとした人だけど、リアルな素材をわざとフィクションに編集して「映画は作り物」であることを明確にしようとしたゴダール、リアルとフィクションの境界線を曖昧にしようとしたカサヴェテス、という印象を持っている。 そういう意味では、フィクションを限りなくリアルに見せている、もしくは、リアル(アメリカの現実)をフィクションで限りなく再現している映画が、この映画なのかもしれない。
(12.08.14 吉祥寺バウスシアターにて鑑賞)
(評価:)
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