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[コメント] ゴジラ キング・オブ・モンスターズ(2019/米)

日本の「ゴジラ」とは別路線を歩むため、モンスター・ゼロを登場させた上に未来へ向けて脱出しようと全速力で突っ走るドハティ監督。その先にあるのは希望か、絶望か。
荒馬大介

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 ギャレゴジの段階で、ゴジラの出生かつ核兵器に対する考え方が日本とまるで違うのは分かっていたし、同じものは作れないがギリギリまで近付けている努力は買っていた。なのでこの設定を踏まえて、モスラとラドン、そしてギドラをどのように登場させて話を広げるのかと思っていたのだが……

 怪獣達を恐ろしくも美しくブローアップした点はいくらでも評価したいが、オキシジェン・デストロイヤーを何の躊躇いもなく人類側の兵器として登場させ、その後ゴジラ復活のために核兵器を使用するという展開は驚きを通り越してしまう。ただこれを「所詮アメ公にゴジラの本質は分からない」「被爆国でなければゴジラは」みたいなことを言ってしまうのは面白くないし、そういった声を上げる人達(ゴジラファンとは限らない)を敵に回してでもああしてしまう度胸が凄い。

 自分には、モンスターバースにおけるゴジラ映画が、日本側の持つ核云々の要素から飛躍するべくリミッターを解除したように思えてならない。そのスイッチが「あの兵器」だったのではないか。前作ではギリギリ近づけることでオリジナルへの意識を表現していたが、今回は怪獣映画へのオマージュをこれでもかこれでもかと描き、さも日本のゴジラに近付けているようでもあるが、気が付けば最後に地球上の怪獣達がゴジラにひれ伏すというビジュアルを見せられていた。

 これにより、一作目で「あらゆる生物の王」「神」と言葉で称されていただけのゴジラは、正真正銘の「王」となった。比喩表現ではなく堂々とやってのけたとなると、もはや「リミッター外してそこまで行っちゃうんだ……」とただ眺める他なく不思議と腹も立たない。

 もちろん登場人物の身勝手さは気になるが……ここまでリミッター外した映画に真面目なキャラ出しても不釣り合いなだけだろう。あの怪獣達と対峙するには「我々こそが支配者である」という人間達が必要で、だからこそ「オルカ」で怪獣を利用し地球の秩序を保とうとしたり、オキシジェン・デストロイヤーでゴジラを抹殺せんとするのだ。しかしそれらが全て「奢り」でしかないのはあの最後からも分かる。

 ただ、リミッターを外したモンスターバースがどこへ行くのかがまるで読めなくなった。次はゴジラvsコングだが、振り切った設定と怪獣マニア(というか自分)の喜ぶネタをここまでやった後に、どう作るのだろう。これを贅沢な悩みと考えるか、次作への不安と捉えるか……

 自分はただゴジラにひれ伏しながら待つことしか出来ない。そうとしか言えない。

(評価:★4)

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