[コメント] ニトラム NITRAM(2021/豪)
また彼は、ニトラムと呼ばれるのを嫌っているので、私は「ウスノロ」ぐらいの意味なのかな、と思いながら見ていたのだが、見終わって調べると、MARTINという名前の倒語、逆さ綴りなのだ。
1996年にタスマニアで起こった銃乱射事件を題材に作られており、このような実話の映画化ということで、制約も多々あったと思うのだが、巧妙に観客のテンションが持続するように作られている。多分フィクション部分も多いのだろう。ケイレブ・ランドリー・ジョーンズの何をしでかすか分からない、緊張感を途切れさせない、同時にナイーブでもあるという表現力が圧巻だが、二人の女優の存在も特筆すべきだろう。一人はジョーンズの母−ジュディ・デイヴィス。もう一人はジョーンズの父母以上に庇護者となる有閑夫人ヘレン−エシー・デイヴィスだ。
特に私は、母親のジュディ・デイヴィスが常に毅然としている造型と、息子を理解できていない面もあるが、愛情も感じられるし、母子の絆も描かれている、という点が、本作の美点だと思う。演出面でも、前半は、手持ちの不安定な画面が多いと思って見ていたが、後半は、固定の切り返しがもっぱらになる。終盤の母子の会話シーンの切り返しがいい。ジョーンズが、お母さんは泣かない、と云うシーン。あるいは、事件前夜、ヘレンの家にいるジョーンズのところへ、お母さんが訪ねて来て会話するシーンも。
また、ヘレン役のエシー・デイヴィスは緩急の緩のプロットを導くかと最初は予想したのだが、いや彼女の場面もヒヤヒヤする場面の連続だ。ただし、広い屋敷に犬が沢山いたり、始終オペラなどの音楽が流れている、という設定が面白いし、彼女がジョーンズに、ピアノの弾き方を教える(「チョップスティックス」を二人で練習する)シーンがとても良いシーンだと思う。ジョーンズに「映画スターみたい」と云う。
あと、銃乱射シーンは全てオフ(画面外)で処理するという措置はクレバーだと思うが、さらに、それ以上に、毅然としたジュディ・デイヴィスが、最後まで取り乱したりする場面がない、というプロット構成に感心した。また、上述した犬の鳴き声やクラシック音楽もそうだが、打ち上げ花火、波、銃声、軒下に群がる蜂の羽音など、音の大胆な(あるいは繊細な)使い方も特記すべきだろう。
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